三十.貝なしと(24)
転移先は、白い壁が続く巨大な管の内部のようだった。
「ここは?」ノエルが周囲を見渡す。
「タイムマシン実験の実験室へと続く地下道ですよ」
ルリが位置情報を確認しながら呟いた。研究棟の地下室になっているわけか。想像していたよりずっと大規模なものだったな。美月を見ると、磯上の向こう側で俺たちを心配そうに見守っている。
「こっちに研究室がある。付いて来てくれ」
磯上が通路の奥へと進んでいく。美月もそれに従っていく。あとちょっとの距離なのに、触れられないのが寂しいな。俺が美月の後ろ姿を眺めていると、美月が気付いてわずかに振り向いた。そして頬を赤くして、小さく小指を立てて見せた。約束、忘れないよな。俺も小指を返して見せた。ルリとノエルが羨ましそうに見ているのが、はずいけど。
白い壁の通路の進んでいると、途中で磯上が止まる。そして壁に手をかざすと扉が現れ、開けられる。もう着いてしまったということらしい。美月の父親とは初対面だし、未来人の研究者と真面目な会話が成り立つのかという不安もある。美月だってお父さんを説得できなかったのに。
「大丈夫ですよ、シュータくんなら。いや、シュータくんだからこそ、かな」
ルリは背中から体当たりで俺を押す。弾力あるね。研究室は思ったよりも広い空間だった。もしかしたら、以前はここで正式なタイムマシンのオペレーションをしていたのかもしれない。壁際にはモニターや計器が張り巡らされていて、科学特捜隊みたいだ。うん。
「来ましたよ」
磯上が声を掛ける。すると部屋の中央にいた背の高い男性が振り向いた。襟付きのシャツにジャケットを羽織っている。よく考えたら、白衣を着るような研究じゃないんだよな。少し面食らった。褐色の肌に、癖のある黒髪をしている。美月と似ているのは一点。青く澄んだ綺麗な瞳と、すらりとした手足の長さだけだ。
「わざわざ、すみません」
低くてよく響く、重みのある声だった。少し猫背。この人が美月の父親。
「あなたがシュータローくんか。会えて良かったです」
ずいぶん物腰の柔らかな人だ。拍子抜けするな。
「後ろにいるのは?」
「ノエルです。まあ友達枠っす」
「ルリです。ご無沙汰です」
父親は二人にも目礼をした。そしてルリの背後にも一瞥をくれていた。
「ミヨは来ていませんよ」
「ええ、そうですか。どうぞ座って」
よくわからんが、ミヨは連れて来なくて正解だったな。俺とノエルとルリは三人並んで椅子に腰掛けた。反対側には、テーブルを挟んで父親が座る。威圧感は無い。凪いだ水面のような雰囲気の人だ。
美月は部屋の隅の丸椅子に腰かけた。磯上がその傍に立つ。
「まずは娘が迷惑を掛けたことを謝りたい。君たちがどこまで把握しているのかはわからないですが、ルナの父親として謝罪させていただきたい」
初っ端から頭を下げられると思わなかったな。
「別にそれは構わないんです。大した問題じゃない。むしろ、俺は美月に助けられました。美月がいてくれて良かった。お父さんには感謝したいくらいです」
父親は力なく笑った。実験失敗の責任を感じているからなのだろうか。それともこれくらい普段から陰のある人なのかな。
「ルナは、今までにないくらい芯のある強い子になって帰って来てくれた。それはやはり、シュータローくんのお陰だろうと思う」
「俺?」
照れ臭くなって隣を見る。ノエルはためらいなく頷いた。
「確かにシュータ先輩は、美月先輩の成長に一役も二役も買っています。ですけど、それは他ならぬ美月先輩ご自身が、自ら望まれたことでもありますよ」
そうだな。もっと自分の娘に誇りを持っていいと思います。
「美月は優しいし、頭もいい。容姿だけでなく内面も美しい、稀代の女性です。だから皆から愛されていますし、俺も美月を一人の女性として心から愛しています」
部屋の奥で美月が赤面して俯くのが見えた。お父さんの前でやり過ぎたかな。




