三十.貝なしと(23)
寮棟に入ると、静かなタワーマンションを思わせる内装に変わった。ルリ情報だと、美月がいるのは恐らく最上階だと。なぜなら警備が厳重だからだ。転移装置は使えないが、幸いエレベーターがあるので、無駄にガラス張りのエレベーターに乗り込んで、最上階へと向かう。足元がすくむ。
「ルリ。一つ訊きたいんだが、」
「訊かなくても賢いシュータくんは確信しているんでしょ? クソ雑魚童貞のくせに――いや、クソ雑魚童貞だからこそ、と言うべきかな。キャハ」
コイツわからせてえな。
「俺は、昔にルリと会ったことがある気がしている。クリスマスのときもそう感じたし、記憶は無いけどそうなんだろう。そして、美月もまた以前に会ったことがある」
俺は二年の春に初めて美月に会ったとき――あの教室で、既視感を覚えた。あれは「遡り」のときの既視感とは別物だ。普通の人間が覚える既視感だった。美月とは、以前にどこかで会っていたのだ。
「間違ってないよな?」
「でせうね」ルリは口を尖らせた。
「それはいつだろう? 俺たちが高校一年のときかな」
ルリは一拍置いて、階数表示を眺めた。まだ着かねえよ。
「シュータくんたちが一年のときですね。ルリも美月もシュータくんに会っています。記憶が無いのは当然です。だって記憶は上書きされているから」
ノエルが「流石のシュータ先輩でも、上書きされたら覚えていられないか」と笑った。
おいおい。まあ確かに、第一のアリス事件では記憶の上塗りに完璧には気付けなかったからな。エレベーターは速度を緩めていく。
「一年のときに起こっていたのが、タイムマシン実験の失敗。アリスによって美月の母親も消された。関連する記憶は消去されている。そして、美月が二年生のときに俺たちの前に現れたのは、実験じゃなくて――」
「まあそういうことでしょうねー。着きましたよ。十五階」
詳しい話は終わってから聞こうか。ひとまず、美月と話さなくちゃいけない。
このフロアに部屋は二つしか無かった。一つの部屋はドアが開けられて空室。必然的にもう一つの部屋に美月がいると思われた。ノエルを先頭に、俺とルリで続く。ノエルがピンポンを押した。フロアの廊下にチャイムの音が響く。反応が無い。
「開いているんじゃないか」
「おや、先輩の言う通りだ」
ドアが内側に開いた。期待を抱いてドアの向こうを確認する。部屋の奥に一台のベッド。そこに少女が座っている。手には、手紙が握り締められていた。
「美月!」
「シュータさん!」
美月の顔が上がる。ほんの数日会っていないだけなのに、安堵を感じる。俺はノエルを制して部屋に入る。しかし、
「来ないでください!」
美月が大声で俺を押し留めた。ルリが俺の背中を思いきり引っ張る。
「ああ。ユリさんの言う通り、本当に来た」
美月と同じ部屋には、――磯上がいた。死角となる部屋の入り口に座っていたのだ。お前、なんで美月の部屋に入ってるんだ。変態。
「お前らが来るから見張っておけと、ユリさんに言われたんだ。もしかしてお前たち、ユリさんを凌いでここまで来たのか?」
ある意味そうだ。せこいやり方だったけど、俺たちだってなりふり構っていられない。
「美月に怪我は無いか」
「シュータさん、大丈夫です。私はただ連絡が取れなかっただけで」
安心した。無理に軟禁されているというわけでもなさそうだ。
「俺たちは美月が帰れないことを心配して来たんだ。美月を解放してくれないか」
磯上が眉を寄せて首を振った。やはり美月を引き渡してくれないか。
「磯上くん! ルリたちは、美月の意思を確認したいの。きちんと話したいだけなの。だから、せめて時間をくれませんか」
ルリが割り込んできた。お前、磯上と意思疎通できんのかよ。
「駄目だよ、ルリ。許可がいる」
許可? 人と話すのに、この時代には許可を取らなくちゃいけないのかよ。誰の許可だ。
「美月の父が、お前らと話したいと言っている。無論、現状では美月を過去の時間軸に引き渡すことはできない。だから、『話し合い』と称して拉致される危険がある以上、それには応じられないという」
そ、そうかよ。見透かされてるじゃねえか。俺たちが美月を持ち逃げしようとしていること。で、どうすりゃいいんだ。美月のお父さんと話せばいいのか? 何を?
「そこまでは知らない」
「ゴルフとか競馬の話はできないぞ。最近学校で何が流行ってるのとか訊かれても、答えにくいしな」
「シュータ先輩! そうじゃないでしょう。これはチャンスですよ。だって話し合いの内容によっては、進展があるかもしれないじゃないですか」
ノエルが必死に説得してくる。わかっているよ。わざわざ向こうから俺たちの意見を聞こうとしてくれているんだ。千載一遇の好機を逃してたまるか。ルリも賛成してくれるか?
「いいと思いますよ。ただ、私は美月のお父さんと会話が3分以上続いた試しが無いんですが……。ちょっとだけ顔見知りということもあって微妙に、きまZですが……」
そ、そうか。どうも伝聞情報によると、美月のお父さんは生真面目で、過保護で、寡黙な人らしいな。それこそ気まずいぜ。俺は立場上どんな顔して会ったらいいのだ。
「そんなん、美月は俺の女だ! って堂々宣言ですヨ!」
「駄目ですって。先輩の誠実さをアピールして、好青年で将来性のある人間だと思われないと」
お前らストップ。真面目に議論しろ。とにかく、その話は乗ったぞ。クソガミと殴り合って解決するより、よっぽど穏当だ。美月も嫌じゃないんだろ?
「お父さんが、友達と話すのを見るのは心苦しいですが……」
心苦しいというか、恥ずかしいというか。
「私は力不足でしたから。それでも、何とかケリをつけたいという思いは一緒ですので」
そういうことだから磯上、俺たち三人はその話し合いに応じるよ。
「ん、アララギはいないのか?」
「そうだ。何か問題があるか」
「特に」
磯上は微笑して部屋の奥へ歩いて行った。なんだあいつ?
磯上は転移装置を起動させる。ここから話し合いの会場に移れと指図した。俺は美月の隣にいたかった。だけど、磯上はさせてくれなかった。どうして愛し合う男女が再会したのに、傍にいられないんだろうね。美月は俺が誕生日に送った手紙を読んで、何かを感じてくれただろうか。美月の支えになっていたら一番良いのだが。




