三十.貝なしと(21)
決戦の地へ戻ったのは、第三コロニー・ヴィンセント市の時計で13時だ。日本では昼にあたるけど、こっちでは学校などが本格的に始まる時間らしい。まだ朝だ。日本でいう9時ごろにあたるのかな? さっきの町が日没だったから、感覚が狂うことこの上ない。俺たちが起床してから四時間と少ししか経っていないはずだ。
回り道もせずに、ルリを先頭にラボへと直行する。ルリは変装のために眼鏡を掛けている。ラボの内情を知るルリがいることはたいへん心強い。
「ルリ、ラボの内部構造は把握できているのか?」
「もちの論理。ラボの円形の中央には、大きな惑星の電子モデルが浮かんでいます。このコロニーの気象や地形の観測を行っている疑似モデルです」
某ゲームで所長が飲み込まれたというカルデアスみたいなものか。お台場の科学未来館にもあるよな。どうやら天体の縮尺モデルで、リアルタイムで雲や火山活動などを観測しているようだ。コロニー直轄の研究所らしい設計だ。
「それらを囲むように円形に部屋が形成されています。何層にもなっていて、確か十二階建てくらいだったかな。十階には食堂もありんす」
あいにくと美月姫に一刻も早く会いたいのでね。今回はスルーだ。
「三階までは、会議室もあって来客が多いフロアになっています。目立たないようにしていただければ、騒ぎを起こさずに済むかもです」
今回は伊部が身分偽装をしてくれるらしい。セキュリティ網にかからないパスを貰えるから、身を潜めて美月のいる部屋まで急ぐのだ。ノエルもミヨも、それぞれ覚悟を決めて迷いなく歩いている。俺が正面に顔を上げると、やっとラボの球体が見えてきた。
「武者震いがするな。姫を奪いに行くなんて悪役の仕事だ」
ルリは面白そうに俺のことを見つめていた。
「いいえ。愛のために戦うのは、やっぱり正義の仕事ですよ。利益のために戦う側については言うまでもありません」
ルリは冷たい視線を門に注いだ。俺は伊部に連絡を取る。こちらは準備OK。お前も準備はできているか。美月と逃げることになれば、真っ先に駆け込むからな。
『構わん。やれるだけやって来い。バックアップも完璧。全力で暴れ回ってくれ。そして願わくば、壊して失くしてくれ。俺たちを真っ二つにした元凶を全て』
そうだな。俺たちは今から禍根を絶つのだ。一年半、俺たちをさいなみ続けた諸問題の禍根をな。伊部は俺たちの視界のデジタル画面に、地図を提示した。
『侵入口は塀に二カ所開けておいた。どちらからでも入れ。入った後は、ルリに任せるよ。状況に応じて最適なルートを確保してくれ』
ルリは緊張感のある表情で頷いた。
『あとは任せる。俺から言えるのは、無茶するな、逃げろということだけだ。逃げて助かるならいくらでも逃げていい。一縷の望みに賭けるよ』
おお、ありがとな伊部。これまでも結構助けてもらった。
『シュータがお礼言ってきた。きめー。ありがたく受け取っておくぜ』
はい、通信途絶っと。さてルリ。まずは敷地内に入ろうか。ルリは塀に沿って忍者走り。
「ルリちゃんのスパイ経験がこんなところで生きるとは! 待っていろよ、悪党!」
「そうよ、悪党! ミヨ様のおなーりー」
頼むから目立たないでくれよな。声の大きいミヨも、チビすぎるノエルも目立つんだよなぁ。一抹の不安を残して、俺たち四人は作戦を開始した。
ワープホールのような塀の壁をすり抜けて、内部への侵入を果たした。思っていたよりもお粗末なセキュリティだ。偽造の入構許可証も得ているので、万一見つかっても保険が掛かっている。変に身を隠すことはせず、堂々と正面ゲートからドーム型の建物に入構した。
老若男女の研究者が出入りをしている。俺たちももちろん悪目立ちしていない。ルリは先導して、内部へ引き入れた。
大きなドーム屋根の下には、視界の半分を埋め尽くすように大きな天球が浮かんでいる。これがリアルタイムで、この惑星の様子を投影している環境モデルらしい。どうやって浮かんでいるのだろうか。ミヨ?
「すごーい。雲も映っているわ」
大気は地球と相違ないのかもしれないな。雲も海らしきものもあるから。
「さ、行きますよ。時間ないんですからね」
ルリが指し示すエスカレーターに乗って、三階まで。案外、すんなりとたどり着いてしまった。侵入者がいるなんて、周囲は思ってもみてないだろう。




