三十.貝なしと(20)
「それで、ルリさんは孤児院で育ったと?」
「うん。養子縁組を希望する貰い手も多いんだけどね、私は余ってしまったのです。学校へ通う年齢になって、それで初等科に通っていた私を見つけてくれたのが、お姉ちゃんなのです」
ユリが、お前を孤児院から出してくれたのか。
「ウーン、そんな感じかな? ルリは、学校でたまたま科学クラブに入ったの。そのクラブの顧問の補佐役をしていたのが、飛び級で高等部にいたユリお姉ちゃんなのです!」
なるほど、そこで知り合って。
「ルリは、親も友達もいないし、時間だけはあったのでお姉ちゃんから、たくさん勉強を教えてもらいました。ルリが科学だけ得意なのは、そういうワケです」
ルリは俺たちと同年代くらいなのに、催眠剤の研究をしているらしい。ユリは身体機能を強化する薬を作っている。二人がバイオテクノロジーの分野に強いのは、こういうカラクリがあったのか。じゃ、姉妹というか師弟じゃないか。
「お姉ちゃんには、色々遊んでもらいましたよ。若かりし伊部くんも一緒に。――アル中じゃない、生真面目・生徒会長のお姉ちゃん。目のクマが無い、万年首席の秀才伊部くん。そしてロリ神時代の無垢なルリちゃん。懐かしいなぁー」
人間、どこで針路を誤るんだろうな。業が深い問題だ。
「その頃から、ラボにも出入りしたのです」
「美月とは知り合いにならなかったの? 同い年くらいでしょ」
ミヨが体重をかけて指圧しながら喋る。そうそう、ミヨの重すぎる体重をかけてマッサージしてくれれば、多少は気持ちいい。
「確かに、ラボに美月は出入りしてました。私は中学生からはラボの寮で暮らしましたし。でも美月は極度の人見知りで、引っ込み思案で、お父さんも神経質なくらい過保護だったので、なかなか会えなかったのです。たぶん本当に美月は私のことを覚えていないでしょう」
でも、見かけたことはあったんだな。
「お姉ちゃんや伊部くんが、時間を掛けて仲良くしようと試みているのを見ていましたから。美月が頭が良くて、お母さん似の美人で、心優しいことは知っていました。ですが私はそれよりも、ラボでできた他の友達とお喋りするのが楽しくて、美月とは……」
美月の昔話をあまり聞かないけど、やっぱり元はかなりの箱入り娘だったのかな。
「ルリはその後、飛び級で大学生たちに交じって研究をできるくらいにはなりました。そして美月のお母さんとのコネクションで、タイムマシンの実験にも参加して、色々あって美月を連れ帰る使命を授かりました。その後は知ってるでしょ?」
俺にそそのかされて裏切って、今は学生をやっている。
「そう、シュータくんに破廉恥をこの無垢な身に教え込まれて、今に至るのですよ。様々な調教で、私に愛というものを目覚めさせてくれたシュータくん。もう覚えてないでしょうけど……」
身に覚えがありませんが。ま、大体お前の経歴はわかったよ。明るいヤツに限って苦労人なんだよな。ルリは長い髪を結び直す。いつものツインテールだ。
「ですからね、ユリねえは『お姉ちゃん』ですし、伊部くんは『お兄ちゃん』です。恥ずかしがって、そう呼ばせてもらえないですが。そして美月は『妹』というか、『友だち』になるはずだったけどなれなかったというか……」
しんみりしてしまう。――すると、ミヨが俺の足つぼを抉った。ぐはっ。
「美月のお姉ちゃんは私よ! これだけは譲らないわ」
前のめりで宣言する。今、絶対そういう空気じゃねえじゃん。空気読めねえな。
「やっぱりいいです。お姉ちゃんは譲ります。ルリは美月の『ライバル』ですね」
「美月の『ライバル』も私よ!」
「なっ、じゃあ私はシュータくんの『愛人』~」
「はあ⁉ 私は『セイサイ』なのよ! 許してたまるか」
喧嘩するなよ~。取っ組み合いを始めたので、俺は溜息を吐いた。昔はどうあれ、今はこんだけ騒がしいんだから良しとします。ノエルはくすくす微笑していた。
「なあ、準備できたんなら行かねえ?」
「ええ、催眠剤も媚薬も避妊薬もたっぷり詰め込みましたし、出発デスよ!」
俺は絡み合うミヨとルリをほどいて、寮部屋を出た。
「もうすぐ美月先輩に会えますね」
ノエルがそう言って笑った。でも美月は今、絶望しているはずだよな。提案は受け入れられなかったんだ。
「それでも、前進しないといけません。良い未来のためです」
まあ、そうだな。ルリを土産に連れて行けば、少しは気分が晴れるかな。窓からは強烈な夕陽が射し込んでいた。




