三十.貝なしと(18)
「と、思いきやルリちゃん方向チェンジ!」
ルリは横にふらりと倒れる。危ない、と俺は手を伸ばしてルリの体を支えた。ルリは床につく直前で俺の腕に収まる。にへらと笑っていた。落ちれば良かったのに。
「ちゅ」
――ぎゃあ! ルリにキスされた。きったねえ。頬が腐り落ちる。ルリはぽよーんと胸を揺らしながら仁王立ちし、高らかに宣言した。
「報酬は前払いで貰いましたよ! というわけで、ルリを連れて行ってください」
え? お前も美月の所へ行くのか。ルリは笑顔。
「だって、どうせ伊部くんは出向かないんでしょ。なら私一人でもいないより、いた方がマシです。人手が多いと助かろう?」
そりゃ助かるだろうけどさ。お前は平凡な学生ライフを満喫するはずじゃ――。
「ひと夏のあやまちってことで。ルリちゃんも真夏の大冒険したいのです」
ならいいけどさ。ミヨもいいか? ――あ、絶対怒ってる。
「別にいいのよ?」
ミヨはファッション誌の表紙のような綺麗な笑みを浮かべている。さっきのキスは事故みたいなもんだぜ。だから気にすんな。ノーカンだ。
「み、みよりんNTRすまん。出来心で――」ルリが冷や汗を流す。
「別にいいのよ?」寸分たがわぬ笑顔。
「おい、ミ――」
「別にいいのよ?」
「お前怒っ――」
「別にいいのよ?」
ま、いいって言うなら、いいってことだろう。ルリは学校を抜け出して平気か?
「ルリは外出許可申請をしました。今日は葬送のフリーです……間違えました。早退でフリーです。シュータくんに振り向かれない負けインでも、正義のヒロインにあこがれているルリちゃんなら協力するっきゃないですよ。ワンルーム日当たり普通の部屋に籠もっているくらいなら、学校なんか辞めて川崎でトゲトゲ中指立てるか、夜にネットの大海をクラゲのように漂っている方がマシで、ええとロボットにも心はあるから、ヤバイやつ――」
お前が日本のアニメを追い続けていることだけはわかった。つまり抜け出せるんだな。
「はいです!」
少年ジャンプ式に仲間が増える胸熱の展開だ。現地人が一人増えたのは心強い。まだ訊きたいことがあったから、ついでに確認して――と思ったとき。俺の体内コンピューターが連絡を受信した。相手は伊部だ。美月かもしれないと一パーセントくらい期待してしまった自分を恥じたい。
『恥じなくていい。ルリとは合流できたようだな』
伊部がいつもと違う、白い壁の会議室のような場所から連絡を入れてきた。ノエルとミヨも覗き込む。
「伊部くんじゃないですかぁ。私も作戦に参加します。ところでお姉ちゃんとの仲はどうです?」
ルリは伊部に挑発的に尋ねた。
『ブロックした』
「あは♡ そーなんですねえ」
他人の不幸を喜ぶな。俺はルリを小突く。そんなことより用事は。
『準備できたぞ。いつでもラボに潜入可能だ。俺がパスをつなげたから、ラボの門の脇から入れるようになっている』
ってことは、美月や父親とは連絡が取れなかったのか。
『駄目だな。ルナは俺との連絡を許可されていないんだろう。父親の方は、まあ俺がルナを連れ出したってもう知っているだろうから』
警戒されているというわけだな。伊部は腕を組む。
「作戦は当然あるのよね?」ミヨが深刻そうな顔。
『作戦もクソも無いけどな。交渉したって無駄だ。決裂する。だから構わずにルナを連れてノエルくんの瞬間移動で、第十三コロニーのアジトまで逃げて来い』
美月が抵抗する可能性はあると思うけどな。だって美月はお父さんとわかり合いたいんじゃないのか。まあでも、それは美月に会ったときに考えるか。
「具体的なルートは?」ノエルが尋ねる。
『ドーム型の施設内を三階まで上がると、連絡通路があって寮棟に接続している。敷地内の転移装置は使うな。使用履歴で誰が通ったか監視されている。ちなみに寮棟の一階から潜入することもできる。だが、寮棟は居住者以外の侵入を警戒しているから、特に一階は警備が厳しい。おすすめはしない』
つまり、ラボの三階から連絡通路を通って、寮棟の美月の部屋まで行く。美月と再会したら即・帰宅。ルリという案内役を手に入れたし、大丈夫そうだ。あと想定しておかなくちゃいけないのは、会敵か。
『警報装置や警備ロボットなら無視して逃げろ。ユリと磯上、この二人も出くわす可能性がゼロじゃない。どう戦っても不利だから、やはり逃げろ。最悪お前らのバックアップデータは保存済みだから、ルナだけでも無事に帰還させろ。シンプルな作戦だろ?』
すがすがしいくらいだ。逃げるが勝ち。逃げ上手が勝負を制するなら、ノエルとルリがいるこちらの有利に決まっている。
「じゃあノエル、早速瞬間移動でヴィンセント市に戻ろう」
すると伊部が『だめだめ!』と怒鳴った。あんだと。
『転移装置の移動履歴は残る。もし行きだけ使って、帰りに利用してないと、何かしら不正な手段で移動したってバレるぞ』
うっわ、1984的な監視社会じゃねえか。それよりもあの坂を再び下るのが憂鬱だが。
『向こうに着いたら連絡してくれ。俺にも心の準備が要る』
そういうことなら連絡くらいしてやる。俺たちもいきなりのことに戸惑っているが、好機は次にいつ巡ってくるともわからないので早速取り掛かるしかない。




