三十.貝なしと(17)
「で、シュータくんたちはまたしても厄介な事件に巻き込まれてるんですか?」
「そうよ。シュータのせい」ミヨがてらいも無く答えた。
まあ、きっと俺がトラブルメーカー体質なのだろう。ノエルが気障に微笑む。
「その前にまず、この数カ月――ルリさんのいない間に起きた出来事から話しては?」
ユリと深雪のこと、アリスのことか。要点だけでもかい摘まんで言わないとだよな。
「えー? シュータくんの身に起きたドロドロの昼ドラ劇なんて、エロを禁じてピュアに戻ったルリちゃんの耳目に耐えられるかな?」
ルリがほっぺを押さえてもじもじする。メロドラマじゃあるまいし、そんな話は無いよな、ミヨ?
「そうねえ。無いわねえ」ミヨは満面の笑みで首肯。
「な、なあルリ。その前にコレの話を聞いていいか?」
俺が取り出したのは、一枚の紙片だった。実はこれはルリに貰ったものだ。バレンタインデーの見送りのとき。ルリは、今ここで言えないがピンチになったとき読んでくれと言ってコレを俺に手渡した。俺は肌身離さず持っていたが、結局読むこともなく、ポケットに入れっぱなしにして洗濯機で洗うこともなく、本日を迎えている。
「この内容を当てていいか?」
「ど、どうぞ」
ルリの顔が引きつった。
「『相園深雪が裏切り者だ』ということ。そして『倉持有栖は生きている』。この二点がここに記されているんじゃないか」
ルリは引きつった笑顔のまま「そのとーりです」と俺から紙片を奪って丸めてしまった。ルリは部屋のゴミ箱にぽーいと投げ捨ててしまった。
「そのみっ――ふたつの秘密を知っているということは、すでに?」
「ああ、その話を共有しようとしている。二回も死にかけたんだ」
ルリは二人の敵を知っていたのだ。深雪は、文化祭のときにルリと接触した。そしてルリから体内コンピューターを貰い、美月を俺から引き剥がそうとした。深雪はそう言っていたよな。
「シュータくんが死にかけたのなら、私の責任です……。でもシュータくんが未来のことから手を引かないと危険だとも思っていました。ですから、深雪ちゃんにも協力したくて。あの子は私に似ていたから……。言えなかったのです」
別に責めていないよ。深雪や美月に対する気持ちとも決着はつけないといけなかった。だから結果往来。それにせっかくのヒントを生かせなかったのは、俺の失態だ。ルリが深雪と似ているとは思えないけどな。
「アリスのことも自覚はあったのか? アリスは俺の体内コンピューターに寄生していたんだが」
ルリは目を見開いた。
「し、知らないです、そこまでは! アリスちゃんがデータとして生き残っているはずだと思ったのですが。か、かなりヤバかったんじゃないですか?」
そのヤバかった話をしよう。数カ月の時差を埋めるんだ。俺は咳払いして、話し始めた。
で、概要は話し終えたが、感想は?
「シュータくんが、美月に告白した~? NTR? 悔しいはずなのにゾクゾクしてしまう。口惜しきMの性……びくんびくんっ」
そこかよ。もっとあっただろ。ボケつつも、ルリはきちんと説明を理解してくれた。
「美月は、自分のお母さんを取り戻すこと、シュータくんたちの時間軸を守ること。この二点が目標なのですね?」
「そうよ。昔からそうなんでしょ?」
寝っ転がるミヨ。部屋のサボテンをいじっている。ルリはそれに応じて頷いた。
「目標は変わりません。しかし、お母さんを見つけ出すのは困難ですから、半ば諦めていると思っていました。そうではなかったのですね」
肉親だし、思い入れが強いのは当然だ。
「ルリさんも、先輩の母親の人格を復元するのは不可能だと思いますか。技術的に、あるいは倫理的に」とノエルが問う。
「いいえ。やり方によっては案外上手くいく可能性もあると思います。AIがあればそれなりに人間に近付けることはできますし、人格の複製という禁忌は、前例が全く無いわけでもないでしょうから……」
でも完全に同一人物ではない、コピーの誰かさんになる。なら、やっぱ全部止めるべきだったのかよ。
「ルリはそう思いません。二年生になったシュータくんの元へ行った美月は、意見の合わないお父さんから逃避していたのです。ですが、今は向き合えている。話し合おうとしている。前進と言わず何と言う、ですよ」
美月の精神的成長は褒めてやれるとも。ノエルが口を挟む。
「現状ですと、これから俺たちはそのラボに踏み込んで、美月先輩の交渉を納得させるか、無理そうなら先輩を連れて撤退しようと考えています。それに関しても助言を」
ルリは思い出話の一つもせずに、事務的な質問ばかりするノエルを見つめた。
「アドバイスならいくらでもします。で・す・が、報酬は何ですか、報酬は! ルリだって授業を休んで来てるんですー。タダで情報が聴けるからってホイホイ来られたんじゃ、ルリまいっちんぐです」
ノエルは苦虫を噛み潰したようにうろたえた。
「何とも思わないからキスでも何でもしてやりますよ。だから……」
「えー、キスですか? たったキスだけ?」
ルリは「ヌン」と立ち上がり、虎視眈々とノエルの方に向かった。ノエルはゴキブリでも見るかのような目でルリを凝視。トレードマークの作り笑顔が引きつっている。




