三十.貝なしと(15)
ルリは俺たちに客間を出るように言いつけた。意外にも私語厳禁を命じられ、(悪いことは何もしていないのに)静かに廊下に出て、校舎を後にした。屋外の舗装された道を歩き、花壇のある校庭を抜けていく。ようやく、ルリが振り向いて口を開いた。
「どうしてここにいるんです?」
至極真っ当な質問……。熱でもあるのか?
「私だって流石に同学年くらいのクラスメイトたちの中では、目立たないように平凡な生徒を演じるのですよ。クラスで浮くことにメリットは無いので」
ルリは眼鏡を押さえて、気恥ずかしそうに俯いた。クラスではあまり目立ちたくない内弁慶タイプなのね。授業中で学生は歩いていないが、普段の姿は隠しているらしい。学校でのルリは眼鏡で三つ編みで、アニメの文芸部キャラっぽいな。
ノエルは物静かなルリを物珍しそうに眺めている。
「平たく言うと、俺たちがここにいるのはちょっとした緊急事態が発生したからです」
「でせうね」ルリは不機嫌に言い捨てた。
「邪魔でした?」
「別に」
ルリは口を尖らせてつーんとそっぽを向いた。
ミヨは黒髪を風になびかせて、
「ねえ、今どこに向かってるの?」と訊く。
「私の寮部屋デス。校内は公共の場所ですから、誰かに傍聴されないとも限りません。どうせ、世間に知られたらマズいお話をするんでしょ?」
「さうです」
俺はきっぱりと断言した。違法な時間移動、不法滞在、身分偽装、その他諸々のルール・ブレイクを乗り越えてここにいる。もちろん、迷惑はかけないつもりだ。
「嫌な予感しかしません……」
ルリは頬を膨らませて先導する。本当に怒らせちゃったかな。平穏な学生生活を邪魔しちゃったから。なんか不機嫌だもんな。やがて坂を上がって森深い場所へ来ると、横に長い直方体の建物が見えてきた。あれが学生寮だな。
ミヨは腰に手を当てて額の汗をハンカチで拭く。
「なんでこんなに坂道ばっかなのよ! 秋元先生じゃないんだから」
「転移装置に頼って、足腰が鍛えられないのを危惧しているからです」ルリが即答。
「合理的な理由があるのね……」ミヨが苦笑いした。
俺たちの高校で生徒がエレベーターを使わせてもらえないのと同じ訳だろう。どうもこの学校は寮で生活をさせたり、坂道で体を鍛えさせたり、制服を統一したり、お節介焼きらしいな。集団生活をさせることで、逞しく育てようという教育理念だろう。同年代と絡むって意味では、自称・飛び級のルリには良かったのかもな。
「何ですかニヤニヤして。もう一度訊きます。どうしてここにいるんです?」
ルリに詰め寄られた。どうしてって……。
「どうして未来にいるのか? 美月を追い掛けてきたからだ。どうしてこの学校に来たかって意味なら、当然ルリに会いたかったから。それ以外に理由は無い」
本当にそれくらいだ。ま、美月の件について何かしらの知恵は貰えるかもしれないとは期待している。美月を連れ戻すのに有効な何かを。すると、ミヨが横から飛び掛かって来た。
「シュータはルリに甘いのよ! ほんっとうに何でルリには笑顔なの? 私にもその笑顔できないわけ?」
首締めたら苦しいって! お前がそういう態度に出る限り、俺はどんな努力をしたって笑顔になれないぞ。
「シュータはわき見運転常習犯で逮捕するわ」
「じゃあミヨはかまってちゃん濫用罪で捕まえるぞ」
「なんでかまってちゃんが捕まるのよ! 放っておく方が悪いのに~」
「可愛いすぎるからな、罪なんだ」
「は、ふあ? 何言っちゃってるわけ?」
俺とミヨの取っ組み合いを見て、ルリは相好を崩していた。あ、口開けて笑った。
「あっはは。みよりん、前より一段と発情してますねえ。シュータくんのハーレム帝国建設も順調そうですし。ちなみにノエルくんは、二人を見て勃〇してますし? え、してない? なんだか、懐かしいな。皆といると、面白くて、ふふふ」
でも、美月がいないんだよ。協力してくれないか。ルリは伊達メガネを外して頷いた。
「シュータくんの頼みなら、ひと肌もふた肌も脱ぎますよ☆」
寮は関係者以外の立入りを固く禁じているようだが、家族であれば学生の同伴で特別に入れる。ルリは俺たちを家族ということにして、中に通した。館内は近未来を忘れさせるくらい、素朴にできていた。小綺麗なビジネスホテルのようだ。ただしエントランスには、張り紙がしてあって、学校らしい様子になっていた。
「へえ、『今日の食材』か。タケノコだって」
指差して、ミヨに示す。ミヨは「色々あるのね」と食材の羅列された掲示物を目視した。
「ルリ、紙に書いてある食材は配給されるのか?」
ルリは三つ編みを揺らして隣に並んだ。
「配給って戦時中ですか? 好きな食材を必要な量だけ貰えるんです。自炊可能なので」
「ルリも料理すんの?」
「毎日ではないですが、部屋にキッチンありますからね。飯マズで許されるのは正ヒロインだけですので」
「タケノコ貰った?」
「貰うはずです。明日食べるから」
調理も自動で済ませるマシーンが伊部の家には会ったけど、手料理も食べるのか。二日に一回くらい? 俺も来年から自炊するんだけど。
「毎日食べますよ」
ルリがじろじろ疑心暗鬼に見る。なんだろうか。
「でもルリが料理するなんて意外だな。偉いじゃん」
「うわあ、なんかシュータくんの素直さが増していてツラい。今までなら厳しい言葉責めをしてきたはずなのに、普通の会話し出してきて、幻滅した……」
俺が丸くなったと言いたいのか。菅野のスライダーくらいキレキレのツッコミは健在だぞ。




