三十.貝なしと(11)
ミヨを連れて列に並ぶ。ノエルは放っておいた。そんなに時間が掛かるわけではない。並んでいると、すぐ順番が巡ってくる。ミヨはキッチンカーで応対をするホログラムに注文した。
「バナナスムージー1つ」
ミヨはそう言って、隣にどいた。店の奥では人間が調理している。あの人が出している店なのかな。俺は笑顔のミヨを見た。
「お前さ、スムージーだけで足りるの?」
「足りるわよ。朝からお腹いっぱい食べられないわ」
俺はメニューを見上げる。タコスみたいなやつがうまそうだ。
「栄養摂らないと、ガリガリのままだぜ」
「いいの! 女の子は脂肪がつきやすいの!」
ミヨは「将来はこういう場所で暮らしたいわ」とご機嫌でいる。俺はここに美月がいたら何を言うかなと想像してみたりした。何を食べたいだろう。流石にウニは無いよな。やがてホログラムが「お待たせしました」とミヨのスムージーを案内する。アームロボがミヨに手渡した。
「おいひい」
そりゃ良かったとも。ノエルを呼び寄せて、どこかで休むか。ミヨが勝手にどこか行かないよう、腕を引こうとした。すると、
「あっ、泥棒!」
ミヨが悲鳴を上げた。俺が目線を上げる。ミヨより背の高い男が隣にいて、ミヨのスムージーを取り上げたみたいだ。窃盗? 同じものが欲しいなら、店先に並べばいい。ミヨの飲みかけが欲しい変態か。
――そう思うと怒りが沸騰して、その手を掴んだ。
「てめえ返せ!」
「ふん」
黒いパーカー、茶髪の男が振り向く。俺とは大して変わらない背丈、銀のピアスにブレスレット、鋭い目つき。今でもはっきり記憶している。こいつは確実に俺を恨んでいる目だ。
「磯上……」
「……」
なぜ磯上がこんな所に出て来た。そりゃもちろん、自分の巣に近寄って来た邪魔者を遠ざけようとしたに違いないが、どこでバレた。ミヨを背後に隠す。
「なんか用かよ」
「お前らに手出しはしない。この時代には治安を維持するための機構が整備されていてな、暴力を働こうとすると、該当の人物の体内コンピューターにロックが掛かるんだ。つまり、俺がお前らを殴ろうとしても、拳が当たる前に制止されるわけだ」
公の場所で殴り合いはできないって言いたいのか。好都合だね。口だけならお前にも負けない。
「オレはわざわざお前と喧嘩しに来たんじゃない。通達に来たんだ」
それはいい。俺に文句があるなら言え。だがミヨはお腹を空かせているんだよ。そのスムージーを早く返せ。磯上は手に握った飲み物を眺めた。
「それは申し訳ない。アララギだっけ? 驚かせて済まない」
ミヨの手元に容器が返される。ミヨは優しくされたことに対し、戸惑いながら受け取った。
「んで、通達ってのは何だ。カードの引き落としか? 免許の更新か?」
「竹本美月は昨日のうちに到着し、父親と面会している。小一時間ほど二人で話していた」
――美月はやはり来ているんだな。それで、今はどこに。
「現在の所在は言えない。いや、言う必要もないか」
「そこにいるのね。すぐ目の前に」
ミヨがドーム型の施設を指差す。美月は今でもラボに滞在している。
「ラボには研究員が泊まり込める寮部屋がある。そこに美月はいるよ」
「てめえ、美月の部屋に行ったのか?」
「部屋の前まで、だな。部屋まで護送した」
磯上が目を逸らして首を振る。なんだと?
「お前は美月と話したのか?」
「話したいと言われた。だから話した。歩きながら数分。指一本触れていない」
お触りしてないのは当然だ。お前は美月の婚約者だという、妄想狂患者だったよな。変な勘違いはしないつもりだが、話したのはそういう話ではないよな。
「そういう話? ただかつての関係と、これからのことを話された」
かつてのカンケイ……? おい美月、こんな不良と何があったら関係を持つんだ。「関係を持つ」というと日本語の綾というか、語弊があるが、結局クソガミは何者なんだ? こいつは研究者ではないのか。
「そ、そうよ。磯上、あんたって――え?」
ミヨが愕然として立ち尽くした。おい、ちゃんと持て。スムージーが落ちる。俺はミヨの落としかけた容器を代わりに持った。ミヨは磯上の顔を両手でおさえ、まじまじと見つめる。ちょっと勝手に……!
「あなた――。え? あなたってひょっとして、」
「や、やめろ」
磯上がたじろぐ。俺はミヨの服を引いて、後ろに下げさせた。磯上が突き飛ばそうとするのを察知したからだ。磯上は俯いて顔を伏せた。前髪で表情が窺えない。
「お前の勘違いだ」
「でも……私、わかる」
磯上は俺たちに背を向ける。もう行くって言うんだな。
「ああ、先に戻っている。美月の父親は今回の提案を承服しなかった。母親を再構成することはないと断言している。加えて、美月を二度と過去へ行かせない。伊部ともしばらく会わせることはないだろう。そう言っていたよ」
美月は、どういう反応だった?
「もちろん、あいつは納得しない」
「なら、俺たちが救い出す。準備が整い次第、そっちに向かうからな」
「ああ、いつでも来い。オレが相手だ。オレは永久に美月を守るボディーガード役だからな」
磯上が最後に一瞥を向けて、去っていった。本調子になってきた朝日を反射して、ピアスがキラリと鋭く光る。どうしても俺はアイツが気に食わない。
「ところで、ミヨは何に気付いたんだ?」
ミヨはポカンとしている。磯上の顔が初恋の人にでも似ていたか? 案外そいつの子孫かもしれないぜ。ミヨは俺に言う。
「なんでもないの。確証は無いから」
「まあ別にいいんだけどな。ほら飲め」
俺はミヨにスムージーを返した。ミヨはストローに口をつけて、なおぼんやりしていた。




