三十.貝なしと(7)
ユリはうまそうにベーコンエッグのサンドイッチを食んだ。レタスがシャキっと音を立てる。俺もお腹空いてきたな……。
「タイムマシンの話をすると、どうしてタイムマシンの実験が始まったか。二年前に何があったか――そういう話まで連鎖的にしないと駄目だわ。今日は時間が足りないかしら」
「なら、なんで過去の時間軸の俺たちに、超能力を与えないといけなかったかだけでも教えて欲しい。ずっと疑問なんだ。なぜ、俺なのか?」
ユリはもぐもぐして俺を見つめた。口の端にチーズが付いているぞ。取って欲しいのか?
「あ、ごめんなさい」
「いいけどさ」
「端的に言いましょうか」
ユリがキリッと俺に視線を送った。キメ顔したいなら、最初からしてくれ。なんか調子狂うんだよな。ほんわかしていて。
「世界を持続させるのに、〈運命を引き寄せる力〉を使っているからよ」
「また、非科学的な単語を……」
「要するに、嘘の歴史を成立させ続けている。そのため無茶な力が必要になる」
うーん、そう言われてもわからないな。俺たちの時間軸は、ある無茶の上に成立しているのか。それを可能にするために、超能力を必要としていると?
「なぜシュータくんでなければいけないか、もその答えに含まれている。シュータくんは、〈或る運命〉を成立させるのに、必要なピースだった。以上」
「〈或る運命〉? ――誰の」
「鋭い質問だね。誰――それがわかれば、全部わかるよ。それは宿題だね。今日は時間がないな」
確か、お前はユリの体を乗っ取っているから一時間くらいしか活動できないんだよな。
「うん、途中で意識を取り戻されると厄介。今日はサンドイッチを食べたら帰ります。明日にでもまた来るから、そのときはノエルくんや実代さんも交えてぜひ、ね。話させて」
あいつらとも共有しないといけないからな。呼べたら集合させる。
「だけど一つ約束。まだ伊部くんに、わたしの状況を話さないで」
まあ人格が分裂したなんてカッコ悪いというか、弱みを握られたみたいで嫌だろう。
「でもさ、これからユリはどうするんだ? 元のユリは相変わらず美月を確保しようとするんだろ?」
「そうね、恐らくは」
美月は今ごろ平気だろうか。父親との対面を済ませているか。
「――確認だけど、ルナってあなたたちの時間軸の保護を申し出ているのよね?」
ユリが不安そうに尋ねた。俺は首をひねる。
「いや、違うぞ。お母さんを取り戻すために来たんだ」
ユリが青くなった。手が止まる。
「……詳しく」
「いいけど」
俺は美月がこれから父親に対して提案するであろう、母親を再構成する理屈の話をした。俺的な理解で話したから上手く話せたか、わからない。だがユリは、
「ちょっと待って。それは良くない」と言った。
「倫理的に人格を作り出すことに問題があるのは、伊部から聞いたよ」
「違うの、ルナの母親は生きている。このままじゃドッペルゲンガーを生み出す」
「……なに、言ってるんだ。ってか、生きているって知っていたのかよ」
「〈わたし〉はね。でも待って。この話は一旦引き取らせて。もしかしたら、わたしとルナで話し合えば解決するかもしれない」
ちょっと話が見えてこないが、美月が母親を再構成せずとも母を取り戻す手段があるということなのだろうか。どうしてユリがそれを?
「ひとまず、家に帰ってユリちゃんに意識を引き渡すわ。もう一度この体を手に入れたら、わたしはルナと話してくる。それも終われば、またここに来るわ。実代さんたちも含めて、二年前から今日までに起こったすべてを、まとめて話しましょう」
明日、このカフェに来ればいいんだな。答え合わせはそのときにしてくれる。
「うん、こちらのコロニーで15時ね。わたしは急いで戻らなくちゃ。連絡はここにして」
ユリはテーブル上に受信ドメインを表示した。俺は体内コンピューターの連絡先一覧にそれを追加する。これでいつでも通話やメッセージのやり取りができる。
「お前の連絡先?」
「そう、〈良心〉のユリちゃんの連絡先♪」
ユリはそれから立ち上がって皿を俺の方に渡す。
「サンドイッチ、残り半分でよければあげるわ。今日は話せて楽しかった」
「俺も、有意義だった気がするよ」
握手を交わす。正直に言うと、空腹のためサンドイッチの方にばかり興味が向いてしまうけど。
「あの、俺は何かすべきなのか? 時間を与えられたのはいいんだがな」
「いざってときにルナを助けられるよう、万全の準備をしたらどう? 何が準備にあたるかは自分で考えてね」
はて、俺は何をすべきなのだろうか?
「アディオス。また明日。でもこのキビキビした体は楽ね」
そう言って、ユリは店を出て行った。お会計……と思ったが、金なんて要らないんだった。無銭飲食なんて変な気分がするぜ。俺がここの住人なら即肥満体型になるね。
ベーコンエッグのサンドイッチは格別の美味しさだった。




