三十.貝なしと(5)
カフェは木造? の一階平屋の建物だった。海側にガラス窓があって、日光を生かした明るい店内だ。席は七割ほど埋まっている。開放感があって俺好みだ。
「窓際の席にしましょう」
ユリに先導されて、店内へ。するとそこに裾の長い黒のモダンスカートを翻して、女性が一人やって来た。店員か。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「ちょ、ユリ!」
俺はその店員を指差す。よく見ると、その子は脚から下が透けている。
「この人、ホログラムなのか」
「ああ、そうね。説明してあげるから、まず座りましょ」
ユリは俺の腕を抱き寄せて、奥の窓際の席に連れて行った。ヒールを履いているとはいえ、自分より背の高い相手に腕組みされて、連れて行かれるのは恥ずかしい。赤くなった俺をユリは「可愛い」とボソッとロシア語でからかった。うるせえ。(相田財閥の御曹司である俺は小さい頃、近所のロシア人の女の子と話をするためにロシア語をちょっぴり勉強していたからいいものを……。本当は翻訳機能で聞き取れた)。
「ふう、なんかルナの彼氏とデートするなんて、背徳的じゃない」
「彼氏じゃない! まだ好意を伝えた段階だ」
「……ホント?」
若干引いているじゃないか。ユリは奥のクッション椅子に深く腰掛けたまま固まる。
「言ってなかったか。美月からは、返事を貰っていないけどな」
「オメデトウ。ルナったら、なかなかいい男にモテるのね」
ユリから褒められることに違和感を禁じ得ない。
「ところで、さっきの店員のことだけど」
「ええ、説明してあげる」
ユリはメニューを眺めながら、さっきのホログラム店員のことを話した。
「このお店の接客をしているのは、接客用AI。案内をしたり、注文を取ったりすることのみに特化したプログラムね」
すると、この店は無人で営業しているってわけか。
「今はそうかもしれない。でも、オーナーはいるわ。この時代のわたしたちは非営利に限って、出店や事業ができる。オリジナルメニューの料理を振る舞いたい人は、カフェやレストランを経営できる。植物の栽培が好きな人なら、お花屋さん。ミュージシャンもいるし、美容師もいる。そういう自由はあるのよ」
金稼ぎが目的じゃないってことな。だから店がこうして存在するのだ。で、運営はAIに任せているときもあると。
「ええ、そうね。恐らく接客は接客用AI。配膳は配膳ロボット、調理は調理ロボがやっているんじゃないかしら」
ふーん。ホログラムAIとロボットねえ。
「さっきの女の子の店員、一瞬普通の人だと思ったよ」
「脚がないからビビった? 幽霊みたいで」
正直そうだ。上半身では区別がつかない。ユリはメニューで口を覆い、ふふふと笑った。
「こちらではね、人格を持ったAIと、作業用AIは厳密に区別されているのよ。労働をしなければならない人が出て来ると差別につながってしまうから、労働を命令されるのは人格を持たない作業用AIだけ。作業用AIを搭載したものには、明確な区別をつけるために、ホログラム化するか、意思と表情のない完全なロボットの見た目にしないといけないの」
「待て。ってことは、人の見た目をした人格を持つAIが町中にいるの?」
「対話相手や、人生のパートナーとして、コミュニケーション用AIは幅広く活用されているわ。人間と同等の人権を保障されたうえで。さっきもすれ違ったでしょ」
こ、こわ。いつの間にかすれ違っていたらしい。どうやら、見分けはつかないものらしいな。
「そう言えば、伊部も自分の分身のAIをこき使っていたな」
「実在の人物の複製を作るには、厳格な審査が必要なはずだけどナ……」
あいつがズルをしていることに、今さら驚いたりはしない。ユリはデジタルのコマンドを目の前に出した。文字が並んでいる。
「シュータくんは何頼む?」
「わかんねえ。味覚がまだ慣れないんだ。カフェオレとかあるか?」
「なら、ミルク・砂糖は別で持って来てもらおうか」
ユリが代わりに注文を入力してくれた。別にデジタル画面での注文くらい、俺もガ〇トとかでやったことあるんだけどな。
しばらくすると、配膳ロボット(ネコのデザインじゃない!)が俺のカフェオレと、ユリのブラックコーヒー&サンドイッチを運んでくる。ロボットはアームでテーブル上に、綺麗に配膳を済ませた。セルフでミルクを調節して飲む。うん、美味しい。
「どう、お味は?」
「ああ、うまいよ」
「それだけ?」
「舌オンチの俺でもわかるくらい、美味しい」
ユリはうふふと笑った。
「本当かしら?」
「なんで疑うかな。綺麗な人と飲んでるときは大体何でも美味しいんだ。俺の経験が言ってる」
「うふふ、いい子ね」




