三十.貝なしと(3)
「わー、広い、過ごしやすい気候。素敵なところじゃない!」
ミヨが大自然を見渡して背伸びをした。俺たちは、伊部から外出許可を貰ってアジト付近を散策していた。まだ昼だが、夕方までは帰って来なくていいと言われている。
さっきまでいた家は、車を三台停められるような(もちろん、車はこの時代にないわけだが)それなりに広い庭を備えていた。他の家も同じらしく、間を置いて一軒、また一軒と住宅地を形成していた。アメリカの郊外みたいな様子だな(行ったことないけど)。
しばらく歩くと穏やかな海? が見えた。このコロニーの地図を知らないから、もしかしたら大きな湖かもしれない。自然あふれる浜辺には、人が集まり賑わっている。
「こういう所の教会で結婚式挙げたいわねー」
ミヨが目を細めて言った。なぜ、俺に言う? 好奇心の塊であるミヨはずんずん歩いて行く。俺とノエルは保護者気分で付いて行った。
「シュータ先輩、くれぐれも目立つことのないよう、お願いしますよ。みよりん先輩の手綱をきちんと携えておいてください」
「俺に頼むな。あんな暴れ馬――というか、ブレーキのない暴走機関車?」
俺たちには体内コンピューターが支給された。伊部からカプセルをもらったのだ。この中に砂粒くらいの大きさのコンピューターが入っていて、体内に定着あるいは循環し、健康管理と、身分証明と、町の各所に設置された転移装置へのアクセスと、視界のデジタル表示なんかをする。
今、俺たちの視界にはデジタルで時刻表示や、この道の看板の表示が見えている。ゲームの画面みたいだ。他にも通話やメッセージの送信もできるらしい。伊部の特別製なので、この時代の言語への翻訳機能もプラスアルファで付けてもらっている。現地人とでも会話可能なのだ。
「口裏を合わせよう。俺たちは、旅行でこの第十五コロニーに来ている有閑者。学校の友人3人組の、『シュータ』、『ノエル』、『ミヨ』。居住しているのは、伊部が言っていた、別の第三コロニーの『ヴィンセント』って町だ。学生寮が多いらしい。だからおかしくない」
「承知しました。ではさらにリアリティを演出するために、みよりん先輩をめぐって、ひと夏の三角関係に燃える男子学生って設定にしましょう」
やめようか。俺がミヨをめぐって真剣に恋をする演技ができるとは思えないからね。
「ねえ、シュータ。新婚旅行は北欧が良くない?」
だから、なぜ俺に言うんだ。ミヨはニコニコ上機嫌だ。
水辺に向かって、緩やかに丘を下るようになっている。海岸風が涼やかに吹き抜けるので、数時間前まで日本の夏にいたことを忘れてしまいそうだ。
浜の入り口では、年齢がバラバラの少年少女たちが十人くらいでボール遊びをしていた。見ると、ビーチサッカーか。観察すると、東洋系もいるが、ヨーロッパ系、アジア系、アラブ系、その中間くらいの顔立ちも含め、一目見ただけでは容易に人種の判別はできない。国籍なんか無いのだろうけれど、混血が進んでいて今ほどハッキリしないのかもな。
美月も目鼻や髪色は外国の女の子っぽいけど、顔立ちはちょっと東洋系な雰囲気もある。
「当たり前ですが、敵意や排外意識は感じないっすね」
「サッカーやってるのかしら?」
ノエルとミヨが遠巻きからボールを蹴り合う彼らを眺める。俺は綺麗な砂浜に座り込んで、周囲を眺めてみた。日陰で話をする老人や、飲み物を出すカフェのようなところでデジタル画面と向き合う大人の男女など、様々な人々が自由に過ごしている。誰もあくせく動いている印象は受けない。日本の避暑地だって、こんなに穏やかな空気じゃないからな。
少年少女はボールを蹴り、パス回しのようなことをしていた。笑顔が絶えず、じゃれ合っているような雰囲気だ。背の高い、年長らしい一人が、ゴールに見立てた消波ブロックにボールを当てようとした。しかし蹴り上げたボールは横に逸れて、遠くへ転がって行ってしまう。
「何やってんのよ、下手くそ!」
ミヨが怒鳴り込んだ。おいアホ。
「真剣にやりなさいよ、真剣に! 私がコーチになってやるわ。勝利の美酒に酔いしれさせてあげる」
ミヨが叫ぶと、一瞬ポカンとされた。勝利の美酒ってのはものの喩えだろうけど、未成年は酒が飲めるのかな。しかし少年たちは「お姉ちゃんも入る?」とミヨに手招きした。ミヨは喜色満面で頷く。ミヨ、大丈夫か?
「いいじゃん。せっかくの機会なんだし、交流しないと損でしょ?」
ミヨは駆け出して行ってしまった。そしてすぐにサッカーの輪の中に入れてもらっていた。コミュ力というか、チャレンジ精神というか、なんでアイツがああいう性格しているかがよくわかる。俺とノエルは微笑して向き合った。
「でも、いい人が多そうだな」
「ええ、伊部さんの言っていたことがよくわかる」
ノエルは俺の隣にしゃがみ込んだ。指で白い砂浜に刺さった松の枝を拾って投げる。
「一見するとサッカーですが、彼らには競争意識が決定的に欠けています。ライバル意識とか、勝負に勝とうとか、そんなことは眼中に無いようです」
確かに、楽しもうって感情が前面に出てるな。ミヨはキャッキャッとボールを蹴っ飛ばして遊んでいる。
「というかむしろ、みよりん先輩が一人で声を掛けてきたのを見て、すぐ仲間に入れようとした。初対面の人でも仲間はずしをしない。つまり、『共生』ってポリシーですね」
「どうしたら争いが起きないか、孤立させないか、それが美徳ってことね」
俺たちは受験戦争の真っ只中で、周囲を蹴落とせ、差をつけろって言われてんのにな。俺はゆっくりと立ち上がった。
「ミヨは放っておいても平気だろう。まさか夜中になったら少年少女がヴァンパイアになってミヨの血を吸うなんてことはあるまい。俺は散歩してくる」
ノエルはつれないなあ、という表情をして肩をすくめた。
「お好きにどうぞ。俺も俺で自由に散策します」




