二十九.八島の鼎(12)
「知ったこっちゃないわよ。もう既にアンタの手は血にまみれているのよ。今さら罪の一つや二つ重ねたところで、どうってことないわ。伊部くん」
『あるわ! 言い方がおかしいだろ』伊部は激怒。流石に同情する。
「ならもう私たちに強迫されたってことにして、未来まで連れて行ってちょうだい! 美月がもし自由を奪われるようなことがあれば、即刻私たちが美月を奪還するんだから」
いや、気持ちはわかるぜ。一人旅に出た娘が心配で行く先々に付いて行って、困りごとが無いか見守ろうとする親心はさ。でも、流石に未来まで行くのはやり過ぎだろ。
「だって、伊部くんは何もしてくれないって言うのよ。ほかに味方いる?」
「でも、未来って言ってもよ……」
俺が尻込みするのを、ミヨはじいっと見る。
「過去にだって行ったことあるじゃない」
「過去は、過去だろ。俺たちの生きた過去だ。でも未来は違う」
「どうせパラレルワールドよ。私たちの未来そのまんまじゃない。どうせ千年後だし」
呆れた。ノエルと伊部、どうにか説得しておいてくれよ。もう俺は休む。今度こそ帰るぞ。そう言って頭を抱えた俺の首根っこを、ミヨは掴んだ。
「私とシュータで、そっちの時間軸に行きます。二人で決めたことだもの。往復のチケットを寄越しなさい、伊部くん」
お、俺は何も言ってねえよ。落ち着け、ミヨ。俺たちが行ったところで何ができる。確かに美月が帰って来られない、連絡もできないってなれば、つまり二度と会えないってことを意味する。それなら俺だって乗り込んで無理やりでも連れ帰りたい。だけど今は希望がわずかでも残っているじゃないか。まだ早計だよ。
「その希望が潰えたらどうするわけ? あんた、美月が好きなんでしょ? 自分の手で結果を変えるラストチャンスなのに、運に身をゆだねるってこと? 私は自分にできること、全部やらなくちゃ気が済まない」
ノエルはふうと息を吐いた。
「俺も行くっすよ」
なんだって? 話をややこしくするな。
「俺には瞬間移動がある。美月先輩を奪回するには、最適な能力です。別に未来人に掴まったとしても、人体実験をされるとか処罰されるとか、そういうわけでもないんでしょう。じゃあ、ノーリスク・リターン有りってことで、俺はその話に乗ります」
ノエルまで余計なことを……。伊部は目を血走らせて止めにかかる。
『絶対ダメだ! 事の重大性をわかってない』
「美月がいなくなるほうが重大よ。それにさ、美月のママが戻って来て、美月が無事に解放されるなら、私たちは暴れたりしないわ。あくまで護衛役として、非常時に備えて見守るだけよ。もしものとき、傍にいられなくて失敗するのだけは勘弁だからね」
伊部はガックリして椅子に腰かけた。気苦労をかけてしまってすまないな、うちのアホが。
『いいよ、もう来いよ。俺だって磯上やユリが気に入らん』
――は? おいおいおいおい。
『何が起こるかわからんから、来るなら今すぐ来い。こっちでの生活は保障してやるから、俺の指示に従って行動すること。約束守れるなら、来てもいい』
「やったあ、シュータ。未来に行けるって!」
ミヨがハイタッチを求めてくる。え、ちょっと、待ってくれよ。今から行くって? 未来に?
「あんた、話聞いていなかったの?」
もう何なんだよ今日は! 色々あって頭が追い付かない。未来って安全なんだよな。でも正体がバレたら一大事になる。大丈夫なのだろうか。
「よ、よくわからんが、俺が行かないって言ってもミヨとノエルは行くんだよな。もういいよ、行くだけ行く。向こうで考えるわ……」
頭が追い付かない。でも、美月を守れる可能性が拓けるなら、行く価値はありそうだ。俺はミヨに強くハイタッチを返す。
「じゃ、タコちゃん。未来に行って来るよ」ノエルも立ち上がる。
阿部も混乱しまくっていた。そりゃそうだ。数カ月前までただの透明少女だったのだから。
「わー、どうしよ。わからないけど、ミイラ取りにならないでよ、ノエルくん。センパイたち」
……美月はまだミイラになったわけじゃないが。
「その、いつ帰ってくるかだけでも教えておいてください。私、どうすれば――」
ミヨは元気よく阿部の頭をなでなでした。阿部は涙目だ。
「タコちゃん、留守の間よろしく頼むわ。時間のことはよくわからないけれど、時間の流れ方が違うから戻るのは数時間かもしれないし、数日かかるかも。でもま、諸々よろしくね!」
もし今晩中に帰宅しないで、行方不明者届けが出された場合でも、まあよろしく。何とかしてくれ(どうしようもなければ、深雪に連絡すれば何とかデキるだろ)。
「ぶ、無事で帰って来てくださいね。信じていますから」
心細く座り込む阿部をしり目に、俺たちは未来へ行くことになってしまった。
「おい、伊部。頼んだぞ」
何だってこんなことに。
『いいんだな? じゃあ三人をこっちへ転送するぞ。目を瞑れ』
目を閉じる。ミヨとは手を繋いだ。ぐらりと脳が揺れる感覚があって、下に向かって倒れ込むようにして、意識が途絶えた。




