二十九.八島の鼎(11)
一通りのことを伊部に説明した。美月は今ごろ、なすべきことを実行している最中だろうから、もはや隠す意味はないだろう。ミヨたちもお菓子を食べながら、テレビに映した伊部のリアクションを観察していた。簡潔に言えば、伊部は真っ赤になって怒っていた。
『ありえねえ』
「何がだ」
『なぜ俺に相談もなく、ルナを未来に送ったりなんかした!』
だって、美月曰く、お前は何が何でも引き留めようとするらしいじゃん。それじゃ事が前に運ばないんだよ。お前も過保護すぎるんだ。伊部は眼鏡を押さえて溜息を吐く。
『俺は現実を弁えているんだよ。お前らみたいにお子様じゃないんだ。まずルナの作戦は成功しない』
「なんでそう言える?」
『ルナの父親は、電子脳を作成するとか、そういう方面のプロだ。今回のタイムマシンのプロジェクトには、過去の時間軸の組み立てる際に、過去の人間のパーソナルデータの整合性を取ったり、倫理規定を定めたり……とにかく人権に関することには人一倍厳しく管理する立場の人間だ。自分の奥さんだってことを考慮してもだな、そんな人が人格の再構成なんかに手を貸すか。あの人は、そんな計画に乗っかる一番最後の人間だ』
そ、そういう話は何となく聞いていたけれどな。でも、失った人を取り戻すにはこうするしかないんだろ? なら、美月のお父さんだって協力してくれるかもしれない。
『んなわけねえだろ。そもそも計画が甘いんだよ。外部情報だけで人格を再現するのが、どれだけ困難か。それで人格の七割? それを実際に話したことと、行動から収集するのには、一体どれだけ膨大なデータを集めなきゃいけないか。たとえばお前だって、頭の中で考えていることと、口に出して喋ったこと、どっちが多い? どっちが本当のお前に近い?』
そこまで言われたら……流石に。ミヨが耐えきれなくなったのか反論する。
「でも、他に方法が無いんでしょ? ってことは、泣き寝入りすべきって言いたいの?」
『そうだよ、受け入れるしかないんだ。科学の進歩に失敗は付きものだ。そういう犠牲に敬意を払って、次に生かすしか無いんだよ。ルナは母の死を受け入れなくちゃいけない。そのための猶予期間だろ。俺は、お前らならルナの心の成長を助けてくれるかと思った。そのために、俺はルナを過去の時間に留まらせたんだ』
美月は成長したよ、確かに。でも子育てと同じで、人間は思った通りには成長しないものだ。美月は母親の死を受け入れるどころか、母親の失踪と向き合って、自分の手で解決しようとした。美月だけは、最後まで諦めなかった。
「それはお前の誤算だし、計画が失敗したのなら俺たちも誤算だったってことだ」
『ルナが戻って来なかった場合、どーすんだよ。ユリも磯上もいるんだ。俺一人の腕力じゃ、どんなに幸運でも連れて帰れないぞ』
伊部もノエルも、ネガティブなことばかり言うから、自信なくなってきたじゃないか。ミヨも失敗すると思うか? ミヨは腕組みした。
「美月は大丈夫って言ったもの。信じるほかないわ」
俺もそう思うよ。でも、ここまで言われると心配になる。
『お前らは気楽にそう言うかもしれないけどさ、』
「そんなに心配なら、連れ戻しに行けばいいじゃない」
ミヨが啖呵を切る。ちょっと待て。
「ん?」『なんて?』
「だからぁ、美月の護衛役として、私たちも未来に行けばいいでしょ?」
脈絡もなく何を言い出すんだ、こいつは。これにはノエルと阿部も声が出ない。
「ってゆうかさ、思っていたのよ。美月を一人で行かせるから不安になるの。私たちは一心同体なんだから、護衛として付いて行って、美月の正当な主張を手助けしてあげればいいのよ。そう思わない?」
考えたこともねえ。だって、そんな簡単に未来なんか行けるのか? 伊部はすぐさま頭ごなしに否定した。
『駄目だって! 未来に連れて来るのは難しくねえけど、規約違反も甚だしい。そんなことバレたら、俺がどうなっちまうか』
ノエルは微笑で「どうなるんすか?」と訊いた。
『俺がもうすぐ手にするはずの博士号だって剥奪だよ。人生どん詰まり』
ミヨはいよいよ立ち上がった。あ、もう手がつけられないモードだ。




