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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十九.八島の鼎(9)

「美月先輩は、その案を持って帰ってどうするんですか?」


「父に協力を仰ぐしかありません。父の専門ですから、母のためなら協力してくれるはずですから。いつまでも仲違いし続けるわけにもいきませんし」


 美月は拳を握り締めて言った。今まで非協力的だった父親が、すんなり美月を受け入れてくれるのか、俺には確信が持てない。会ったことない人だし。


「その代わりイベくんには、黙って行きます。シュータさんを心配させることになってしまうのは、承知の上で」


 いや、正直驚いた。伊部を蚊帳の外にする意味はあるのか。


「伊部くんは、お父さんたちを絶対に信用しないので……」


「賛成してくれないだろうって?」

「はい――」


 ふん、まあ伊部なんかいなくたって平気だろうとは思うけどな。


「なんで伊部くんは許してくれないのかしら?」深雪が尋ねる。


「お父さんが過保護で親バカなのを最もよく知っているのは、彼ですから。お父さんが一度帰った私を囲って、外に出さないようにするんじゃないかって要らない心配をするのです。もう私だって、子供じゃないのに」


「愛娘がこんなに可愛かったら、気持ちはわからなくもないけど」

 深雪が苦笑する。美月の父親って、まじでどんな人なんだ。


 でも、伊部を出し抜いて、父親に直談判して成功してしまえばいいわけだよな。お母さんを取り戻して、いちおう未来関連のごたごたは解決だ。お母さんさえ戻れば、伊部も美月を必要以上に庇う必要がなくなる。違うか、ミヨ?


「ええ、成功すればね」ミヨが言う。

「ただ、懸念材料もあります。父は人工知能や疑似人格のエキスパートです。倫理の問題にも人一倍厳しい。母に似せた存在を作るというやり方に賛成しないかもしれません」


 美月が唇をぎゅっと結ぶ。なるほど。彼らが技術的には可能なのにその方法をとらないなら、理由があるのかもしれないな。


「でも、そこは私が一人娘として、きっぱり話し合います。ですから、私ひとりに任せて欲しいのです。幸い、夏休みで時間もあります。一緒に卒業するという目標のためにも、一度帰らせていただきたいのです」


 頼もしい科白だ。父親の協力を得ないと先に進めないのなら、最後は美月に頼るしかないもんな。俺は正面に座る美月に、小指を差し出した。指切りげんまん。


「寂しいけどさ、帰って来いよ」


「必ず。長居はしません」

 美月が小指を結ぶ。約束だからな。


「あと、いつでも連絡くれ。俺たちならいくらでも頼っていいんだぞ。まあお盆だし、実家に帰省するんだって思えば、俺もへっちゃらし」


 ノエルが「大嘘だよ」と阿部に耳打ちする。シャラップ。


「お誕生会が終わったら、すぐ行きます。準備はできているので」


 唐突だけど、仕方ない。美月の奇襲作戦だからな。ここで一気に決めてしまえ。俺は一年半も一緒に過ごしたわけだし、一時的なお別れなんか特に寂しくもない。笑顔で見送ろうか。すると、深雪が顔を覗いてきた。


「なんかアイくんが泣きそうになってるんですけど」


 ――無視して。


「美月さん、絶対に帰って来てね。ライバルがいないと、張り合いが無いからね。他のヒロイン候補が弱すぎて」


「ミヨもいるわよ! ミヨも応援するわよ! 美月のライバル兼おねいちゃんとして!」

 ミヨも小指を差し出す。


「じゃあ話はよく呑み込めてないけど、私も」と阿部。

「ついでに俺も」とノエル。


「はい! 皆さんの期待を背負って竹本美月、えいえいおーです」

 美月は満開の笑みを見せた。ではまず、美月の聖誕祭を執り行うとするか。ウニの無い未来へ行く前に、たんまりと食っておくがいい。



 カラスが鳴いている。


「では、行きます」

 夕方の神社の境内で、美月が俺たちに向けてそう言った。晴れ間から夕焼けが見える。外はじりじり蒸し暑い。


 出立前、最後の時間ということもあって、美月の誕生パーティーは夕方まで続いた。名残惜しいが、まさか夜中になってしまってはいけないので、ここらで切り上げて送り出そうということになったのだ。


 出発は、例の神社の本殿の扉から。美月は小さな手提げカバン一つで家を出ていた。俺は手持ち無沙汰で、ポケットに手を突っ込みここまで来た。


 別に今生の別れでもないのだから、特別な言葉は必要ないのだけど、もっと何か伝えるべき言葉があるのかもしれない。でも、思いつかなかった。


「シュータ、美月行っちゃうわよ」

 ミヨがニヤニヤして俺をつつく。いちいち触るな、アホ。


「そう言われてもだな」

 そこでいきなり背中を押された。犯人は阿部だ。


「ハグしましょう。寂しいんですよね?」


「……そりゃ寂しい! でも美月が頑張るって言うから、俺は応援して――」

 俺が言い終わらないうちに、美月はそっと体を抱き寄せた。とん、と体がくっつく。


「美月……」

「シュータさんのお手紙、向こうで読みますから。私も寂しいです。泣いちゃいます」


「おう、泣いてもいいから。お互いベストを尽くそう」


「シュータさん、受験もあるし勉強中寝ちゃ駄目ですよ。それと――」

 美月が離れた。


「これ以上話すと、一生喋ってしまいそうです」


 そうだな。恋のキューピットにでもなったつもりか、阿部が満足そうに頷く。美月は振り返って、未来とのパスになっている境内の観音開きの扉を開いた。俺の肩をノエルがポンと叩く。じゃあな、美月。笑顔で送り出すよ。


「ええ、また」


 美月の後ろ姿が白光の中に消えて行った。美月の体温、温かかったな。突然のことだったとはいえ、こんな呆然としていては駄目だ。俺だって勉強しなくちゃいけないしさ。


「うわーん、美月しぇんぱい、このまま会えなかったらどうしよう」

 阿部が号泣。いや、なんか自分より泣いているヤツいると冷めるな。


「ミヨは一人になっちゃったけど、夜眠れるか?」


「馬鹿、誰だと思ってんのよ。一人で寝るくらいできるもん。……でも、夜、電話つないだままでもい?」

 矢田やだ亜希子。そうだ。お盆だし、家族が帰ってくるだろ。


「でもね、美月は最近、布団の中で泣いていたわよ」ミヨが言う。


 ……へえ。でも、お互いに決めたことだ。俺たちはそれぞれの方法で戦わなくちゃいけねーんだ。ほら、帰るぞ。日が長いからって長居は無用だ。


「これでアイくんはどフリー、と。なるほど、なるほど」深雪は思案顔。

「いえ、美月しぇんぱいの居ない間は、不肖阿部夕子が、シュータセンパイの操を守り続けます!」


 いいから帰ろうぜ。三人以上集まると騒がしくなるのが、ミヨとゆかいな仲間たちの最大の特徴である。感傷に浸る間もなく騒がしい。

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