二十九.八島の鼎(8)
帰り道、セミが喧しく泣き続ける木陰の下で、美月が突然口を開いた。俺にとっては予想もしていなかった、打ち明け話だ。
「シュータさん、わたし決めたんです」
俺は日傘を持っていたから、美月の表情がよく見えていなかった。ケーキの箱を抱える美月をもう一度よく窺った。美月は晴れやかな表情で、微笑を浮かべていた。
「一度、未来に帰ります。すぐにでも」
「え……?」
咄嗟のことで、頭が追い付かなかった。
「決心したのです。シュータさんには一対一できちんと話したかった。みよりんさんには既に伝えてあります」
「帰るって、どうして? 理由も教えて」
美月は頷いて、こちらを見た。しっかり目を合わせて話す。
「母を取り戻すためです。それ以外ありません」
「方法が見つかったってことか」
「私なりの最善策を見出しました」
美月は毅然と答えた。少しだけ、頼もしいような感じがした。
「でも、それ大丈夫なのか? また会えるのか? それに……」
「詳しい話はおうちに帰ってから。ここだと暑いですし」
ケーキも溶けちゃうしな。俺は不安な気持ちを抱えつつ、美月の歩調に合わせて家路についた。あまりの事態に心にぽっかり穴が開いたような気分だった。
美月は皆をエアコンの効いたリビングに集めた。最後にミヨが俺の隣(近い、暑苦しい!)に座るのを見届けると、美月は未来に帰るという意思を一同に伝えた。そりゃ驚かれる。
「いきなりっすね」
ノエルが心配げに感想を述べた。相談も無かったからな。
「ミヨは知ってたの?」
「ええ、その方法を一緒に考えたのは私だから。つい先月のことね」
っていうと七月に思い付いたわけか。一応、俺にもわかる話なら、教えてくれないか。どうやって美月はお母さんを発見するんだ? 美月がすぐに答える。
「相園さんたちのために、一度話を整理させていただくと、母はこちらの時間軸で消滅しています。超能力を持つアリスさんによって、肉体と体内コンピューター、両者を完全に消されてしましました。バックアップが充分でない以上、母を復活させることはできません」
うん、俺が聞いてきたのはそういう話だった。
「母のDNA情報は既にあります。そのため母を復元するには、体内コンピューターにあるパーソナルな情報――記憶や思考パターンなど、後天的に獲得したものの情報が必要です」
脳みそも体内コンピューターも無ければ、それは復元できないってことだ。
「ですが、そのパーソナルデータは再構築できるかもしれない。アリスさんが、シュータさんを乗っ取った先月の事件で、思い付いたのです」
先月の……? アリスは確か、元々体内コンピューターを強奪し、所有していて、そのパーソナルデータを髪留めに残しておいた。その髪留めをつたって、俺の体内コンピューターに寄生し、乗っ取ったんだよな。
「アリスさんは、未来人ではない。すると体内コンピューターに残っていたのは、断片的な一年に満たない期間のパーソナルデータだけだったはずです。ですが、ほとんど完璧に、シュータさんの体内コンピューター上に人格を再現できていた」
なるほど。百パーセントのパーソナルデータが残っていなくても、人格は復元可能。そう考えたわけだ。ミヨが言葉を継ぐ。
「美月のお母さんは、未来人よ。未来人はみんな体内コンピューターを持っていると聞いたわ。もし彼女と会話した人の記憶、あるいは彼女の行動を記憶している媒体の情報、そういったものをかき集めれば、完全とは言わないまでも、ほぼ人格と記憶を再現できるんじゃないかって考えたの」
深雪は顎に手を当てて難しい顔をしている。
「実際、上手くいきそうなの? ゼロから外聞情報だけでその人を再現するなんて」
「見かけや動きはほぼ完璧に再現できるでしょう。記憶や思考は、どれくらい情報を集めら有れるかにかかっています。ですが七割以上再現できれば依然と遜色なく、日常生活を送れるのではないかと思っております」
美月はそう言った。ミヨが俺の肩をつつく。
「再現度の異なるAI美月でシミュレーションしてみたんだけどね、七割超えたら違和感もほとんどない。記憶、知識、単語に多少抜けがあるくらい」
じゃあ可能性は充分あるってことなんだな。ところで、AI美月というものがあるなら、俺の家に一台くれないか。




