二十九.八島の鼎(6)
「美月センパイなら、たぶんもうすぐ来ますよ」
阿部が皆の分の箸をダイニングテーブルに並べている。美月はお着替え中ということか。
「おめかし中、ですね」阿部がニコニコする。
美月は俺の来る前に着替えたかったのね。噂をすれば影、という風にリビングのドアが開いた。美月が廊下から入って来る。いつも通りの美月――ではなく、お化粧をして綺麗なシャツワンピースをまとった美月だった。少し恥ずかしそうに俺を見て微笑んだ。
「シュータさん、おはようございます。今日は来てくださってありがとうです」
「美月……」
俺はノエルを押しのけて美月の元に行った。ピンクのリップに、淡いトーンのチーク。ブラウンのアイラインでいつもパッチリな瞳がさらに綺麗に映えている。さて、この可愛さを何と表現しようか。
「グラシアス、ナマステ、グーテンモルゲン、ホカッチャ!」
「何だかわかりませんがありがとうございます。その言葉を待っていました!」
美月がキラキラ表情を晴れやかにさせた。気分上がってきたぞ。よし、あれだ。
「ハッピーバースデー・トゥー・ユー、ハッピーバースデー・トゥー・ユー、ハッピバースデー、ディアみ~つ……きぃ~♪」
「シェイシェ~イ、シュータさ~ん♪」
突如として俺がくるくる回り、美月も応じてミュージカルのように両手を広げて歌い上げると(美月はもちろん音痴だ)、ノエルが「バカップル」と呟いた。美月の顔が紅潮する。一応、誉め言葉として受け取っておこう。
これふたりで考えた仕込みネタね。仲の良さを見せつけるというサプライズ。すべった感ある。
事前の連絡の通り、俺と美月は駅近のケーキ屋さんに予約していたケーキを取りに行く。曇り空なのが幸いして、ケーキが溶ける心配は和らいだ。美月は日傘でUVだかEVだか対策をして外出する。
せっかくなので俺も入れてもらう。俺は紫外線よりも、汗をかくのが嫌なのだ。美月の隣にいると気になる。
「改めてだけど、誕生日おめでとう。美月」
美月は日傘の下で、「えへへ。ありがとうございます」と照れる。
「私は別に、この日に生まれただけで、大したことをしてないのですけど……」
「いいんだよ。皆が順番にお祝いされるアニバーサリーなんだし」
美月は「私が主役なんて照れ臭いです」となよなよしていた。控えめだな。
「こういうわちゃわちゃした騒がしい日々もさ、全て美月がスタートなんだ。皆それぞれが美月には感謝していると思うよ」
そう、だから誕生日くらいお祝いさせて欲しいのだ。俺が美月に微笑みかけると、美月は「すみません」と頭を軽く下げた。
「そのぶん、ご迷惑もたくさんおかけしているのは承知してます……」
「いいんだよ、そんなら俺だって百倍迷惑を呼び込んでいるし」
美月は「確かにそうですね」と目を丸くした。おい。
「嘘です。感謝しております。そして頼りにしています。シュータさん」
ぐ、そんなこと言われたら頑張るしかねえなー。
美月に道案内されたケーキ屋さんは、こじんまりした個人経営の店だった。ガラス張りのドアをくぐると涼しい店内でほんのり甘い、焼いた洋菓子の匂いがする。
ショーケースにはフルーツたっぷりのケーキが宝石のように丁寧に並べられ、見ていて心が華やいだ。ケースの外にあるマドレーヌやカヌレもお土産として買って帰りたいなんて思ってしまう。
だが、今日のメインはあくまでケーキだ。俺は美月の手を引いて、ケースの前に行く。マスクをした落ち着いた雰囲気の女性店員さんが出て来てくれた。おぬしがパティシエールってヤツだっぺ?
「すみません。ケーキを予約していた、アララギと申します」
俺は予約の控え券を手渡した。彼女は「ただいまお持ちいたします」と裏へ下がって行った。美月は「わくわくします」と小声で言った。そうだね。
「こちらがご予約のケーキになります」
ミヨがオーダーしていたのは、十五号のサイズのホールケーキだった。白い生クリームを土台に、イチゴやキウイやグレープフルーツやブルーベリーやその他色とりどりの果物がてんこ盛りだ。
そして横長のチョコプレートが、真ん中に突き刺さっている(狭そう)。「Happy Birthday MITSUKI」と筆記体でプリントされていた。これがミヨ特注のケーキってわけね。
「できるだけご要望に近付けたつもりですが、ご満足いただけたでしょうか?」
店員さんにそう訊かれた。えっと、俺は原案を知らないけど、絶対あいつの期待値を超えていると信じます。バッチリ花丸です。美月はどうかな?
「……」
美月はケーキに見入っていた。目がキラキラ潤んでいる。
「すみません、見とれてしまって。素敵なケーキですね」
店員さんは「ありがとうございます」と心底嬉しそうにお礼を言って、「梱包しますので今しばらくお待ちください」と言った。オッケーです、ごゆっくり。
「おうちまではどれくらいでしょうか?」
「歩いて、十分くらいっすかね……」たぶんそれくらいはかかった。
「じゃあ、保冷剤たくさん入れますね」
夏だから気を遣ってくれたのだろうな。ケーキが来るまで、邪魔にならない所で待とう。美月を連れて窓際の方へ。美月はにやにやしている。嬉しそう。
「じゃあ俺からもプレゼント渡そうかな」
「え、プレゼントですか?」
俺はポケットから例の物を取り出した。美月はわくわくの目で待つ。




