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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十九.八島の鼎(5)

 八月十五日がやって来た。美月の誕生日だ。俺は目覚ましをかけていたので、寝坊もせずきちっと起きる。朝十時。早起きをして窓を開け、新鮮な空気を浴びると気分がいいぜ。


 顔を洗い、朝食のおむすびを口に放り込み、歯を磨いて着替えだ。これで美月の笑顔が見られるなら、早起きした甲斐があったというものだ。


「別に早くはないわよ」

 母に叱られた。そうかな。まだ昼前なのに。


「今日も出掛けるの?」


「今日は学校じゃなくて、美月の家だ。誕生日パーティーなんだよ」

 母は「へえ」と言ってテレビのチャンネルを変えた。甲子園をやっている。


「あんた、ミヨちゃんと付き合ってるんじゃないの?」

 ミヨは簡単に言えば友達枠みたいなものだ。美月は、まあ、彼女じゃないけど好きだよ。


「ふふっ」

 母に笑われた。何がおかしいのだろう。俺は真剣に喋っているのに。


「美月ちゃんと会うようになってから、周太郎よく外に出るようになったわね」

 元々引きこもりみたいに言うな。確かに、一面の事実かもしれないけど。


「いってらっしゃい。美月ちゃんによろしくね」


「あらかじめ言っておくが、うちには呼ばないからな。呼んでも母さんがいないときに呼ぶからな。じゃあな。あばよ。行って来ます」


 プレゼントを掴んで家を出た。電車に揺られて星陽高校の駅で降りる。住宅街の奥まで歩き、ミヨの家まで。今日は久方ぶりに少し雲の多い気候だ。殺人級の暑さを逃れられるぶん、ありがたいものだ。


 ミヨの家に着くと、柵をくぐり、インターホンを押す。なんか自転車が一台停まっているな。緑の車体の知らない自転車だ。


 リンローンという音が鳴り、秒で『どちら様⁉』という期待に満ちた声が聞こえる。俺はカメラに目一杯顔を近付けて、「俺」と言う。ミヨが待機していたのだろうな。


 『今開ける!』と返答があった。ガチャリと二段式の鍵を開けられ、黒の分厚い扉が外向きに開く。俺はミヨに文句を言ってやる。


「おはよう。朝からうるせえぞ、み――」

 扉の向こうにいたのは、深雪だった。


「本当になんで深雪?」

「うるさくした覚えが無いんですけど。ここにいちゃ悪い?」


 ひえー、なんでこの小言副会長がいるのだ。あの自転車は深雪のだったのね。俺はとりあえず中に入れてもらった。家の中はひんやり涼しかった。


「私と美月さん、仲良しなの」

「嘘だ」


「でも、実際誘ってもらったの。美月さんから」


 深雪は中まで通してくれる。誘ってもらえたとは言っても、誕生日プレゼントを献上して詫びろって意味じゃないかなと思うのだけど。俺は靴を脱いで上がらせていただく。ミヨ家は実家の次にくつろげる場所だ。


「美月さん言ってたよ。忙しくなければどうですか? シュータさんも来ますよって」


 気を遣われているんだな。深雪は苦笑いした。ユリの事件からまだ日が浅いので、美月に対して気後れしているのだろう。真面目だ。俺は肩をすくめ、リビングのドアを開けた。


 リビングでは既にパーティーの準備ができてていた。ミヨと阿部がカタコトと食器を運ぶ。これからお昼ご飯を皆で食べて、それからゲームなどで遊ぶ予定なのだ。


「おはよ、シュータ! プレゼント忘れてないでしょうね?」


 ミヨが夏の太陽より元気ハツラツな笑顔で尋ねてきた。暑苦しい。


「抜かりは無い。俺を誰だと思っている」

「ナマケモノ。ねえ、私へのプレゼントは?」


「そんなものは初めから存在しない」

「ひどーい」


 そう言ってキッチンまで戻って行った。やっぱり、何か用意すべきだったのか。


「優しいなあ。今日の主役は美月先輩だけですよ。シュータ先輩はそんなだからいつまでも……」

 ノエル発見。余裕派の笑みを浮かべ、ソファーでクラッカーを弄んでいた。


「どうも。聞いてくださいよ、先輩。俺なんか朝から大変だったんすよ。昼食に海鮮丼を食べたいから買いに行くように命令されまして、それだから俺、朝の築地――」


 秘儀・割愛! 後輩の愚痴なんぞに耳を傾ける価値は皆無なのでね。要はミヨの命令で遠くまで昼メシを買いに行って疲れたってことね。ハイ終わり。ところで美月は?


 俺はノエルの隣に腰掛け、タオルで体を拭きながらリビングを見渡してみた。他の部屋にいるのかな。


「美月さんは自分の部屋だってさ」

 深雪は俺の膝の上に座った。近い、暑い、尻の感触が生々しい。俺をからかって楽しいか。イジらないでくれ。


「美月さんが来るまでね」

 深雪が「しー」と人差し指を立てるので、俺は脇腹をくすぐってやった。さっさとどけ。深雪は身をくねらせて悶える。


「あっひゃっひゃひゃ、や、やめて、やぁん!」


 変な声出すな、と注意する前にミヨが縮地で飛び込み、深雪に飛び蹴りをした。プロレスじゃないんだから。深雪は「いたぁ~い」と半泣きで背中を押さえる。ミヨはぜぇはぁと息をしながら、俺を見上げた。


「貴様、何してんの」


 お前がな。目がキマってるぞ。俺の不貞行為らしきものを発見したくらいでアドレナリン全開にするな。深雪がやっといなくなったので、俺は溜息を吐く。騒がしいのは勘弁だぜ。

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