二十九.八島の鼎(4)
「もしもしミヨ?」
『あ、シュータ。こんばんは今大丈夫?』
夜の電話の気遣いができるとは、成長したものだ。俺は机を離れてベッドに腰掛ける。今日は八月八日。夏休みも中盤だ。時間が過ぎるのはあっという間だよ。今年は特に。
『別にシュータに気を遣ったわけじゃないのよ。あんたの親御さんに無礼なよめ――えっと、小娘が連絡しているなと思われたくないからよ』
俺はふうんと言って布団に脚を入れる。ここなら誰も聞いてないよ。
「用件は?」
『パパとママに電話したついでにね。シュータにもと思って』
ミヨは電話口の向こうで甘えるような声をしている。家族と話すときの雰囲気が抜けていないんじゃないか? 俺と話すときはもっと殺伐とした声……でもないけど、愛想のないアホっぽい声をしている気がする。
「連絡事項かな?」
『そうよ。美月の誕生日パーティーのこと。ドレスコードだけど、タキシード持ってる?』
「無い」
『あっはは。それはウソよ。そうじゃなくてね、ケーキを用意したの』
ケーキの無い誕生日会なんかあってはならないからな。当然あった方が良い。
「準備してくれてありがとう、ミヨ」
『いいのよ。行きつけの駅前のケーキ屋さんなの。ほら、あんたが深雪ちゃんに告白された公園の近くにあるの!』
不意に変なことを思い出させないで欲しいな。俺はくすっと笑った。
「そこのケーキが美味しいのか」
『味の違いはわからないけど、好きな味よ』
蘭家御用達なら合格だ。少なくとも相田家の舌よりは肥えているだろう。
『でさ、ケーキだから当日予約にしたのよ。腐っちゃマズいでしょ?』
そりゃ美味しいわけないだろう。腐っても美味しいのは、発酵食品の特権だからな。
『マズいってのはそういう意味じゃなくて、台無しになるってことなんだけど。だから当日シュータにはお店まで取りに行って欲しいのよ』
俺は電話だとわかっているのに、首を傾げた。
「いや、おつかいならノエルに頼んでくれないか。アイツなら楽に行けるぞ」
まあ確かに、俺は駅から歩いてミヨ宅へ行くつもりだから、遠回りすればいいだけの話だが。
「物くさねえ。美月がシュータと二人きりでも過ごしてみたいんだって。一旦おうちまで来て、それから二人でケーキ取りに行ってくれない? ちょっとしたお散歩デートよ」
構わないよ。そのときプレゼントを渡すことにする。手紙なんて皆の面前じゃ恥ずかしいからな。
『じゃあ賛成してくれるのね? ケーキは「アララギミヨ」名義で予約してある。お金は当日渡すわ。場所は美月が知ってる。何度か行ったの』
ちなみにどんなケーキなんだ? 美月のためのケーキなんだから特別なんだよな?
『飾りつけは特注よ。どんなものなのかは当日まで秘密!』
なら秘密のままにしておこうかな。楽しみが一個増えるからな。
「ミヨ、改まって言うのも変だが、美月を居候させて悪かったな。大変なこともあっただろう」
『いいのよ。美月の持ち込んだ技術のおかげで、諸経費が浮いて、シュータに見せびらかすための可愛い服がたくさん買えたし。美月がいれば必要な物が何でもコピーできちゃうんだものね』
――現実問題としてはそうかもしれないが、他人と住まわせてしまったという気苦労に対して俺は謝っているのだ。ミヨを一人ぼっちにさせないためには良かったかもしれないけどね。流石に迷惑を掛けた。
『もういいのよ。美月は家族みたいなものだし』
うん、そうだと思う。
『私、美月のおかげで少しは大人っぽくなれたのかなって思うの。お姉ちゃんとしてね。シュータたちには散々無茶を言ったけど、これでも丸くなったのよ』
尖った時代のミヨなんて、末恐ろしくて想像もしたくない。
『それに今まで自分が世界で一番かわいい存在だと思っていたから、美月と互角に張り合ったことで、色々考えたわ。私のいい所って何だろうって。シュータならもう、私のかわいい以外の魅力もバッチリよね?』
もちろん。考えるのに一時間くれれば、一つくらい答えてやる。
『美月は私を本当に尊敬したように見るのよ。おバカみたいね。私なんか自分でもちょっとどうかと思うくらい自由人で、調子乗りで、単純なのに。でもね、だから美月のこと大好き』
俺も美月が大好き。人を疑わないところや、度を越えて優しいところは感服する。到底真似できない。
『それに、一人ぼっちの私をシュータと出逢わせてくれたし』
ミヨの声が弾んでいる。お前、美月に聞えない場所で話しているんだろーな。聞かれたら恥ずかしいぞ。俺はベッドに横になった。
「俺は逆に、ミヨに感謝しているよ。ミヨがいなけりゃ、俺と美月は上手くいかなかっただろうから。お前は常軌を逸する空前絶後のアホだけど、何度も助けられたし、楽しませてもらった。ミヨも美月も俺にとっては大事な家族だよ。ありがと。頼まれても二度と、同じことは言わねえからな。顔熱い」
『う、うん。ありがと。かぞく……』
ミヨの声が震えていた。怒ってやがるな。照れ隠しに要らない言葉を付け足してしまった。
「遅くなる前に切るぞ。おやすみ」
『お、おやすみシュータ!』
ガチャンと切られた。――失敬、スマホなのでガチャンではなくプツンかな(いまいち迫力に欠く表現だが……)?
最後あんなに素っ気ないなんて、ミヨを何か怒らせるようなこと言っただろうか。あいつも照れていたのかな。まあ気持ちは通じているので、それでいいや。俺は電気を消して布団に潜った。
幕間の不条理劇 14
シュータ「妻の夫に対する態度と解きまして、」
ミヨ「解きまして?」
シュータ「自宅の二階で使っている電話機と解く」
ミヨ「その心は?」
シュータ「どちらも、こき使っているでしょう」
ミヨ「おあとがよろしいようで」
シュータ「……」
ミヨ「……」
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