二十八.尾を捧げて七度(31)
「美月のお母さんが超能力を付与したのは事実なのよね。能力は取り除けるの?」
ミヨが笹をフリフリしながら美月に目を向ける。う、お前またストレートな質問を……。
「それに関しては謝ります。超能力を与えるのは犯罪です」
だろうね。だけど、悪気は無かった。
「ええ。むしろ母としては、逆らしいのです」
「逆?」と俺たちの声が重なる。恥ずかしい。
「世界の均衡――秩序が上手く取れず、実はタイムマシンの実験は失敗しそうだったのです。ですから母は選んだ人に対して超能力を与えた。最後にそう私に打ち明けました。実際、今もこうして世界は正常に動いています。超能力があることで逆に世界は安定して存在しているのです」
アリスが世界からはじき出された(本人談)のは、そのせい?
「正直なんともわかりかねます。だって、世界にはたくさんの因子が絡み合って秩序が出来ているのですから。そうかもしれないし、違うかもしれない。説明できないのです」
深雪が美月の隣に移動した。
「アリスちゃんに向かってさ、『あなたが未来人の救いの手を拒否する人だから、自分が助からない未来が視えたんだ』って言ってたよね? あれ本当?」
美月は首を横に振った。
「まさか。私にはわかりませんよ。ハッタリです。アリスさんが死ななければならなかった理由など到底わかりません。時間軸の『主軸』かどうかは、実際に回避するまで試さないとわかりませんからね」
アリスを追い詰めるための嘘ねえ。美月も嘘が上手くなった。
「あ、あとみよりんさんの質問にお答えしますと、超能力を完全に消去するのはできるはずです。体を物質の生成装置で作り直せば、超能力は消えると思われます」
超能力は俺たちの体に埋め込まれているらしい。体を再獲得すれば消えちまうのか。
「アイくんもみよりんも、普通に戻れるってさ」
深雪が髪を耳にかけ、俺たちに問い掛ける。戻ろうと思えば、戻れるんだね。
「俺はいいや。普通の体になっても得しないもん」
「私もいいわ。未来が視えるって便利だし、生まれつき慣れちゃってるから」
というワケで、訊いてみたものの俺たちはそのままの体でいいや。坂元や石島など、何も知らない一般人として生きるのなら、除去してあげた方が良さそうだけど、俺やノエルなどはこの先能力が必要になるときが来るかもしれない。
「アイくんの能力って『遡っても』脳がリセットの影響を受けないってやつだよね。要る?」
要るの! これから必要になるときが来るの! 住宅街に入り、勾配を少し上がりミヨの邸宅にお邪魔する。庭の中央へミヨは笹をやり投げの要領で遠投した。ねえアホなの?
「シュータ。バーベキューの用意して」
なぜ。芝生の上で悲しそうに寝っ転がった笹を眺める。グランパの大切な笹だろうに。
「なぜって燃やすからよ」
「芝の上でやったら危ないぜ」
「水撒くから平気よ。せめて葉っぱと短冊だけでも燃やして煙にしましょうよ」
七夕を大真面目に取り仕切るのは結構だが、他に力を入れるべきことが山ほどある気がするのは俺だけかな。まあどうせ今日は勉強する体力も無いし、付き合ってやるか。
俺は炭と着火剤と新聞と木くずを用意する。春にミヨ家でバーベキューをした余りだ。道具も同じ。半円柱のグリルに燃やす物どもを放り込んでチャッカマンで火をつける。
「あ、どうせならお肉も焼こうよ」
深雪がルンルンして提案する。美月は「え……?」と困惑。ダメに決まってるだろ!
「いいから深雪はバケツ持って来い。肉は要らん。え、花火? 絶対持って来るな」
女子ーズが準備をしているのを眺めながら、俺は火掻き棒で炎を大きくしていく。なんでこんなことになるのだろう。空を見上げると火の粉が舞い、灰が飛び、星も少しだけ見えた。月も今夜は高い位置で綺麗に見える。もう夜か。
「シュータ邪魔。どいて!」
ミヨがホースの水を俺の足元に向ける。危ないっての。水を撒くって言ったら、普通はシャワーヘッドに切り替えるだろ。誰がファイアーファイターの真似事をしろと言った。消防訓練を一人でするな(ツッコミ)。
「シュータさん、虫が怖いです」
美月がすんなり俺に寄り添う。夜だから羽虫が舞っている。俺の近くなら煙を焚いているので虫が少ない。君の考えは合理的だね。
「くっ付きたいだけでしょ」深雪が睨んでいた。ツッコミとボケを両方こなす俺をたまには褒めてくれないか。
火が上手い具合に盛り上がってきたので、いよいよ竹さんを供養する時間だ。ミヨが何かの儀式のように笹を持って来た。国旗を持って入場するみたいに。
「長いわね」
ミヨは竹を地面に置くと、鎌で五等分した。なぜ急に愛着を失くしたのだ。ぞんざいに扱うなよ。
「シュータ、きちんと監視するのよ。火が暴れないようにね」
お前が暴れないように毎日見守りをしている俺を信頼しろ。毎日毎日大炎上が起きないよう警戒しているのだ。ミヨが竹を一本、火の中に投げ込んだ。先端に近い所なので、ミヨの短冊が焦げて燃える。竹はパチパチと音を立てて燃えた。
「わあ……」
美月が火に見入っている。焚火を何となく眺めてしまう気持ちは共感できる。俺は棒で竹がはみ出さないようにつついていた。
「どんどんいくわよ~」
ミヨは笹を二本、三本と突っ込む。雑にやるなって。根本に近い太い部分まで一気に炎に焼かれ、パンパンと音を立てて爆ぜる。
「ただの爆竹じゃん」
深雪が怯えて俺の背中に隠れた。最悪、火が飛んで芝生が焦げ、焼け野原になっても美月が時間を「遡れる」から心配ないさ~。
「でもこれで、煙が天まで上って私たちの願いも届くはずよ」
ミヨが愉快そうに火が燃えるのを観察していた。お天道様ねえ。俺はポケットに手を入れて、竹を見る。黒ずんで炭となっている部分もある。
「アリスの髪留めが、ポケットに無い」
ふと気付いて美月に報告する。ポケットの中にしまっていたアリスの形見がなくなっていた。それを聞くと、美月は自分のポロシャツの胸ポケットから青い髪留めを取り出した。
「これがシュータさんを乗っ取るための装置でしたから、私が回収しました」
「呪いのアイテムみたいになっているけど、どうしようか」
「燃やしちゃいましょうよ」
ミヨが平然と言った。そして俺からひったくり、炎の中に投げ入れる。カランコロンと音が鳴って、髪留めは炭に紛れてしまった。
「あーあ。せっかくの形見なんだし、仏壇にでも供えれば良かったのに」
「いいのよ。竹と一緒に、天まで上って成仏するの」
ミヨは空を見上げた。煙はもくもくと一条の筋となって侘しく夜空へ消えていく。あれが夏の大三角か。
「たぶん煙は、飛行機の高さにも届かないよね」
深雪は芝を眺めて呟いた。だろうな。金属のピンも焦げて塗装が剥げ、錆びるだけだ。
「いいのよ、それでも。煙は塵になって雲になって、雨になって地上に降るの。するとまた蒸発して空に上って循環していく。もっちーの無念も、そうしていくうちに浄化されるわよ」
俺も深雪も聞いているのか、聞いていないのかどっちつかずの態度でお互いの顔を見つめた。竹は相変わらずパチパチと静かに燃焼していく。風で炎がゆらゆら揺れた。
「また会えます」
美月がはっきり確かにそう言った。
「また巡り会います」美月が笑う。
「だといいわね」
ミヨも言った。俺はその晩、美月とデートする夢を見てぐっすり眠った。




