三.白山にあへば光の失する(17) らいと
『オッケー。終了だ、シュータ。ありがとう』
伊部からそう告げられる。石島もすぐに脱力した。俺は疲れて溜息を吐く。いきなりラスボス級の相手。こんな無理難題でもやり遂げたぞ。美月を振り返ろうとする。だが、なぜか俺の腕がガッチリと掴まれた。石島は、敵意のある目で俺を見ている。なんで?
『シュータ、能力の残滓だ。一旦避けろ!』
よ、避けろって言われても。石島は躊躇せず、巴投げの形で俺を空中へ投げた。何メートルも上に飛ぶ。手足をジタバタさせても態勢は制御できない。俺、高所恐怖症なんだけど。
そして落下予測地点は通路でも、美月の上でもない。建物の吹き抜け部分。ガラス柵の向こう。三階から一階まで繋がった空中。落ちる、死ぬ。
「シュータさん!」
ゴメン美月。そっちに帰れない。逆さまに落ちながら見たのは、スローモーション映像だった。いやパラパラ漫画の方が近いか。ゾーンに入っているんだろうな。三階の店、美月、三階の床、二階の看板、二階の床、一階の看板、そして――。
まあ、あとは美月が時間を『遡る』だけだし、一度死ぬくらいは仕方ないのかな。万事休す。
「シュータさん。あ……シュータ、さん」
目を開けるとそこには涙ぐんだ美月が至近距離にいた。キスの五秒前か。なぜ? 俺はふかふかした何かの上で仰向けに寝ている。何重にもなった分厚いマットレスと布団の上だった。ここら一帯に敷かれている。
美月のすぐ後ろでは、ミヨが心配そうに俺を覗き込んでいる。少し離れた所では、ノエルがぐったりと柱に寄り掛かりながら笑っていた。おい、まだ落ちたときの続きなのか?
「そうです。シュータさんが落ちたから、私、どうしようって。良かった……!」
俺が起き上がりかけると、すぐさま美月が抱き締めてきた! ちょ、そんな喜ばなくてもいいのに。まあ、自分でも頑張ったと思うけど。充分すぎるご褒美だ。
「美月、ありがとう。少し痛いけど、うん。嬉しい」
俺の方からも美月の背中に手を回した。いいご褒美だ。思わず笑みをこぼすと、ミヨと目が合う。ミヨは頬を赤くして「しょうがないわね」と呟いた。この布団はミヨが?
「そ、そうよ。アンタが落ちる未来が見えたから急いで運んだの。近くの寝具店からね」
こんな量を女子一人で運べたのだろうか? 実際運んでるんだから信じるしかないけど、すごい馬鹿力だ。もしやこいつ一人で勝てたのでは?
「ミヨもありがとう。ミヨの予言のおかげで勝てたよ」
「あのねえ、ボロボロにやられた姿で言われても、嬉しく……嬉しいわよ!」
ミヨも泣く寸前まで心配してくれたようだ。そうだ、ノエルにも感謝しないと。
「ノエルくんは喋れないわよ。何とか瞬間移動使って、美月をここに運んでくれたけど」
ああ、だから美月は一階に下りられたのか。ノエルはMVPだな。俺が親指を立てて見せる。ノエルは微笑した。全身痛そうだ。
「ちょ、シュータさん。もうそろそろ放していただけると」
そうだった。美月と極上のハグをしていたのだ。特に胸の辺りの感触を思い出すだけで、今日の精神的ストレスは無くなるね。
「い、今更なのですが、私、だだだ抱き付いて良かったですか⁉」
今更だな。いいよ。嬉しかった。って、美月の支えが無いと駄目だ。俺は再び寝転んで笑った。もう二度と御免だけど、誰かのために動くって悪くないな。結果往来。




