二十八.尾を捧げて七度(28) 6
「それと、シュータさんたちの自由意思や命を軽んじて、支配しようとしている。その力を人を攻撃することに使う。私の大切な人たちを再び亡き者にせんとする。それも許せない」
「だって、わたし死んじゃうんだよ。殺されるんだよ」
「違う。あなたが死んだのは、未来人が来たからじゃない。未来人が来たのに救いの手を取らずに自ら切り落としたからです。垂れてきた蜘蛛の糸を疑って自ら絶つような人だから、私たちを裏切ることを前提とした未来が視えていた。そもそもの最初から未来人が邪魔で、シュータさんを横取りする私が邪魔で、消したかったのでしょう? そうなんでしょう」
アリスは胸を押さえた。息が上手くできず苦しそうだ。
「そんな、つもりはないってんだよ……。悪いのはあんたたちなんだよ」
「最後、これだけ言います。あなたは倉持有栖本人ではない。『かつて倉持有栖だったデータ』に過ぎません。記憶や思考パターンは一致していても、人格上の成長は無い。行動を改めることもないし、改心することもできない。繰り返しパターンを入力するだけの存在です。憎しみをリピートするだけのウイルスです。いくら私が語りかけてもわかり合うことはできないでしょう。ですからこちらからも容赦なく消します。もうあなたは活動を止めるべきです」
アリスは髪をむしって美月を睨んだ。アリスが本物ならきっと俺の声を聴いて、美月の声を聴いて、途中で悔い改めただろう。どこかで引き返そうとしたはずだ。悪人になろうとしてなりきれないのがアリスだった。抱き締めて声を掛けてやれば、きっと泣いて謝るはずだ。だけどコイツは俺たちをなお憎悪している。そう仕組まれたからだ。二度と和解する気は無いみたいだった。
「黙ってよ! 自分に都合のいいことばかり言って。私は幸せな人生を歩みたかっただけだ。実代とシュータくんが欲しかっただけなんだよ! 超能力なんか要らない! 未来人だって要らない! SFなんて大嫌い! ただ普通に生きていれば得られる幸せがあったはずなんだよ。それだけが欲しかったんだよ、ホントだよ。ねえ!」
美月は飛び跳ね、右腕でアリスの肩を掴む。アリスは涙目で必死の形相を浮かべた。
「ナイフ!」
背後から、美月にナイフが何本も突き立てられる――瞬き。
「あなたは倉持有栖ではない」
「遡った」先で、美月がアリスの目を見て言う。催眠術だ。アリスはその途端に力を失って地面に落ちる。美月が支えてなんとか無事に着地する。だが、アリスは無茶苦茶に抵抗して美月を振りほどいた。手にナイフを出現させる。
「来ないで! もう来ないで。わかったから、シュータくんは諦める。実代たち超能力者も返す。私は有栖じゃなくてもいい。だからお願い消さないで」
アリスが訴えたのは、自分のデータを残してもらうことだった。俺はそれを聞いて、本当にアリスが心からそう叫んでいるように聞こえた。すごく自分の胸が痛かった。美月はその場に立ちすくんでいた。しかし、深雪は躊躇うことなく近付いていく。
「も、もう何もしないわ。撃たないで」
アリスがボサボサの髪を押さえながらそう言うと、深雪は拳銃をポケットから落とした。その場に硬直してしまう。催眠術か。俺が代わりに拾い上げる。
「私は、まだ生きるんだ」
アリスは目をギュッと瞑って力を込める。アリスの体はぴょんとひと蹴りで宙空に浮いた。重力を操作して逃げるつもりか。それでもなお抵抗を続ける気なのだ。美月、やれるか?
「ええ」
美月がホログラムのブレスレットを右手首に装着する。
「物体を構成する装置の超簡略版です。物を出したり転送できます。アリスさんのように」
美月は腕を目一杯に伸ばした。手の先から、すさまじい勢いの放射が出現する。かめはめ波かと思いきや、それは水だった。消防のホースみたいに水をビームのように放ったのだ。アリスはまともに水を食らう。
「重力が限りなく小さければ、物体は落ちて来ません。液体は表面張力が働いて、表面積を小さくしようと物にまとわりつきます。水が顔や肺に張り付けば取り除くのは容易ではないのです」
空中でも溺れるっていうことだな。アリスは周囲を水で覆われてもがく。やがて無重力をやめて、地面に落ちた。落ちてきた水の滝に打たれて、倒れ込んだアリスは咳き込んだ。
「ごっほごほっ。な、なんで……!」
美月はアリスの前に行き、目を見て「あなたは戦意を失う」と催眠術をかけた。アリスはぐったりと、うつ伏せになった。催眠も解けたみたいで「気持ち悪い」と胸を押さえている。
「美月、待ってくれないか」
俺は拳銃を手にしたまま、アリスの所へ行った。赤い月光に晒されたアリスはすっかり弱ってしまっていた。




