二十八.尾を捧げて七度(27) 6
「体内コンピューターだよ、シュータくん。私は死ぬ前からこれをお借りして使っているのさ。ところで坂元ちゃんの能力を覚えているかな?」
空間を改変する能力。世界の構造から設定まで自由に変えられる能力だな。世界を二進法に置き換えて、物体を自由に作り変え、それを現実に反映させる能力だった。
「そう、それ。つまりさ、世界を外側からプログラムし直すってことなんだけど、そういう科学技術が未来にはあるのね。色んな設定をして、『別の平行世界』をコンピューターの中に作る技術――タイムマシンって言うらしんだけど」
……タイムマシン?
「その技術をアリスの体内コンピューターに搭載したんだ。そしたら、シュータくんの体内コンピューターで坂元ちゃんみたいな能力が使えるようになっちゃった。世界を構築できるんだよ。実質、超能力が二つに増えたようなものだよね。どうしてここだとそんな夢みたいなことができたんだろう。私はシュータくんのコンピューターの管理者だからかな?」
なぜそれが使えると重力が操れるようになる?
「重力は宇宙の規定値だからだよ。正しくは引力かな。引力は、物体どうしの質量と離れている距離と引力定数によって決まる。引力定数は『定数』っていうくらいだから規定値なの。宇宙創始以来同じ。つまりこの数値を定義し直せば重力も変わる」
そんな簡単に宇宙のルールが変わって、世界が壊れないわけがない。
「できるんだよ、これはゲームのプログラミングみたいなものだから。そうなんでしょ?」
美月に問う。美月は何かを言いたげだが口を閉ざした。
「少なくとも、私の周りだけ重力を軽減させることはできた。これが証拠だよ」
アリスはプカプカ浮いて、しっしっしと笑った。
「シュータくんも、超能力とは何なのか大体わかってきたんじゃない?」
アリスは刃物を取り出し、美月に投げた。美月は今度も逃げようとするが、足場がいきなり陥没して足を取られた。空間の改変能力だ。美月は足を抜け出せない。そして、
「よけろ、美月!」
ザクッと音がして、美月が腹を抱えた――瞬き。
「あれ、時間が『遡った』?」
アリスが右往左往する。美月は果敢に飛び掛かっていく。時間を『遡る』ことで、刺される数秒前にリセットしたのだ。アリスは空中に跳び上がった美月と掴み合いになる。
「ホントそれ、チート……!」
「アリスさん。あなたは自ら禁忌に踏み込もうとしている。その能力を全て手放しなさい」
アリスは手を振りほどいた。美月が地面に転がる。受け身をとって無事だ。
「超能力を付与したのはそっちのくせに、今さら手放せだなんて。じゃあこっちが消えちゃえ」
アリスが真っ黒な塊を放射した。坂元が使っていたバグの球状タイプだ。触れたら消される。それが、俺と深雪の方に飛んで来て……
「シュータさん!」
美月が目にも止まらぬ速さで飛び出してくる。無茶だ、間に合わない! 美月が庇って消えたりしたら今度こそ詰みだぞ。来なくていい!
「くっ……!」
美月が横っ飛びで左手を伸ばす。寸前で遮って塊を掴み取り、地面に叩きつけた。俺は深雪を抱えて美月を見つめる。怪我してないか? 美月はよろよろと立ち上がる。左手の先から徐々に消えていっている。
「美月、腕が」
「わかっています。痛覚を遮断、傷口を縫合して腕をもぎます」
モギマス? 美月は左腕の肩口を押さえると静かに引っ張った。カーディガンの袖の根元から、どさりと先が落ちた。美月の腕が取れた?
「腕が、なくなったのか?」
唖然としていると、美月が冷静に答える。
「分解が進まないよう故意に腕を落としたのです。腐敗を防ぐために切断するのと一緒です。安心してください。痛みも出血も遮断していますし、元の世界に『戻れば』腕は取れていませんよ」
だからって、結構生々しいのを見せられたな。美月はふうと大きく息を吐く。
「アリスさん、私から申し上げたいことが――」
「もうお喋りは終わりでさ、殺し合いしよーよ、殺し合いをさ!」
アリスは宙に浮いたまま、笑顔を続ける。何が面白いんだ。何を求めているんだ。
「申し上げたいことが!」
美月が怒鳴った。空気がピンと張り詰める。
「久し振りに、わたし怒っているんです。母がしたことは間違いですが、母はもしあなたが自分のせいで死んだとなったら、必ず『遡って』救い出しました。心優しい母なら必ずそうしたはずです。未来は予測できない。予断で動くことはかえって逆効果になることもあります。ですから実際に危険が迫ってからでないとあなたを助けることはできない、そういう意味で『別に未来はそうと決まったわけではないのよ』と言ったのではないですか? それを早とちりで、解決を放棄したと思い込んで身勝手に殺した。肉親を殺された人の気持ちは痛いほどわかるでしょう? 私も同じです」
美月が長科白でつらつらと並べ立てている。これは極度に集中しているときか、キレているときにしか見せない美月の素。この様子は確実に後者だ。完全に怒らせた……。深雪も俺も下を向くしかできない。




