二十八.尾を捧げて七度(25) 6
「アイくん、逃げるよ」
深雪に支えられ、教室の窓から飛び出した。危ないってバカ野郎! なぜ投身した。体が宙に浮いてしまう。
「着地任せて! 〈腕部・脚部・強化〉」
「うおおおおお。深雪、任せる」
建物の四階から、校庭に真っ逆さまだ。空中で深雪が体勢を立て直し、俺をお姫様抱っこしてツツジのクッションに突っ込んだ。俺も深雪も無事みたいだ。
「ふう。一か八かだったけど生きてた」
一か八かて。
「怖かったー。けど、まあ俺、一度屋上から落ちたことあるし」
「ええ⁉ ほんと無茶ばっか」
「てか美月は⁉」
校舎から凄まじい破壊音がする。アリスが校舎を壊して回りながら、美月を追い掛けているのだろう。ドーピングしているとはいえ、あの美月だぞ。まともに走れないし、飛べないし、投げられないし、持ち上げられないし、踊れない。
「大丈夫。私が見た感じ、美月さんは別人みたいに動けるようになってた。美月さん曰く、プレイしたアクション・ゲームキャラのモーションをコンピューターに学習させて、自己暗示したらしいよ」
以前、確かに美月と大乱闘したな……。それだけで⁉
「今は美月さんがシュータくんを遠ざけてくれた。あとは安全な所で待っていて。私がコレで決着をつける」
深雪が持っていたのは、拳銃だった。コンピューターを停止させる弾丸が入っているやつか。
「そう、これで倉持有栖を駆逐する。彼女はコンピューターウイルスみたいなものよ。複製、増殖、保存可能な人格を持ったプログラム――私たちの時代で言えば、今の彼女はAI。本当は基盤であるアイくんのコンピューター自体を止めれば簡単なのだけど、それだとアイくんの精神までやられちゃう。だから、ウイルスだけを器用に取り除かなくちゃいけない」
それを撃ち込めば、「アリス」は停止するんだな。
「うん。わかったなら、なるべく遠くで隠れていて」
「わかった。俺もアリスの最後を見届けに行く。俺も闘う」
「――じゃない! ぜんっぜんわかってないし! 実はすごおく馬鹿でしょ、アイくん!」
深雪は銃口を俺に向ける。人に向けたら危険だって。
「馬鹿じゃなくて、真剣に。美月と深雪だけに頼れないだろ。アリスには懲りてもらわなくちゃいけないし」
その前にまず、俺の毒抜きをしてくれないか? 体がまだ痺れて上手く動けない。
「はあー。仕方ないなあ。じゃあ目を見て。解毒剤投与するから」
深雪が泣く泣く俺を治療する気になったらしい。迷惑かけてごめんな。
「――? ねえ目を見てって」
「わ、わ、わかってるよ。目を見りゃいいんだろ。ほーん」
「途中で逸らしちゃダメ。真っ直ぐ、目を、見て!」
だって気まずい。頭でわかっていても、目を合わせるってキツいな。いや、一切合切俺が悪いんだけどさ。終わった?
「これでどうかな?」
「お、動く。ありがとう、深雪」
手を伸ばし、深雪の頭頂を支えにして、よっこらしょと立ち上がる。やっと満足に体が言うことを聞く。美月がいるのは校舎のどこだろう。深雪も立ち上がると自分の頬を叩いた。何してるんだ?
「目を合わせるのが気まずくて、頭なでなでスキンシップがオーケーなのはどういうつもり?」
「……ともかく美月の援護に入るぞ。俺も引き付けるから、深雪は隙を窺って遂行してくれ」
グラウンドに近い方で大きな音がした。アリスを止めないと。
俺と深雪は屋外を周り、スニーカーで校舎の裏まで駆け抜けた。物音は二階の渡り廊下で発生していた。廊下のガラス窓から、美月がアリスの攻撃を凌いでいる様子が見える。アリスはやたらめったらと物を投げつけているらしい。やがて、バリンと窓が何枚も割れた。そして、
「崩れて来るぞ」
「うそ」
俺と深雪は安全な場所に下がる。空中廊下はそのまま真っ二つに崩れた。もしかしなくても、この世界全体がアリスの構築したもので、全てを自在に操れるのかもしれない。
「美月!」
美月は窓から飛び出してきた。え、なに? なんでこっち来るの? いやこっちで合流するのはいいんだけど、え、もしかして、もしかしなくても、この美月という女の子は俺を昔から頼る性質があるものだから、俺が視界に入ると矢も楯もたまらず――
「シュータさーん」
「ぐはっ」
俺は非力なアマガエルのように押し潰された。まさか、二階から美月とは。
「す、すみません! 生きてますか?」
生きているか死んでいるかで言えば、生きている。ギリ。
「美月さん。今のアイくんは強化も何もしてないから、本当に死んじゃうよ」と深雪が半ば同情的に諭す。
「ですよね。自分がすっかり無敵状態でしたので忘れていました」
だがここで避けたり、伸びたりしないのが俺の俺たる所以だぜ。……ちょっと吐いてくる。




