二十八.尾を捧げて七度(22) 6
「ハッタリなもんか。じゃあ、あの人の最期の言葉を教えようか。『ルーニーには手を出さないで』だって。笑っちゃうよね。自分が消えるくせに娘の心配してさ。図々しいんだよ。今さら母親ぶって、どうせ死ぬくせに。……って、私も死んでた! うふ」
アリスの言葉が耳に反響した。ルーニーという美月の本名。決して明かされなかったはずの名をアリスは知っている。いや、俺の体内に寄生していたんだ。美月との会話を盗み聞きしただけ。気にするな。こんなの、何とも無い。だが、
「本当に、お前が美月のお母さんを殺したのなら、俺は許せないかもしれない」
冷静に考えれば、アリスが生きていたのは二年の五月までだ。美月が来たのが四月だから一カ月と少ししか時間は無かっただろう。あり得ないんだ。
「殺ったよ。本当にぶっ殺した。超能力で分解して、体内コンピューターは坂元ちゃんと同じ能力を使って修復不可能になるまで念入りに改竄した。ピース」
そんなのアリスの作り話で全部ねつ造だ。きっとそうだと俺は自分に言い聞かせた。だが、アリスは手でチョキを作ったままゲラゲラ笑っている。
「正義は勝つんだぜ、シュータくん」
「なんで……。なんで殺したんだよ!」
アリスは脚を組み直した。平然としている。
「この人が、皆に超能力を付与したからだよ」
――え? 美月のお母さんが超能力を……。
「そんなことも知らなかったの? ウケる。ウケる。ウケるよ。シュータくん。超ウケるよwwwwwwww」
耳障りだから笑わないでくれ。本当なのか嘘なのかもう何も判断できない。美月の母が俺たちに超能力を付与したのなら、なぜ美月は黙っているんだ。アリスはどうして知り得たのだ。納得できない。理解できないことだらけだ。
「あの人が超能力を人々にくっ付けて実験したの。そのせいで世界の秩序が歪んで、アリスがつま弾きにされた。それを阻止するため、母親を殺して私は生存しようとしたんだ。けれど結局、私は殺されることになってしまった」
母親を殺したのに結局お前も死んだのなら、未来人が来ることも、美月の母が死ぬこともお前の死とは関連が無かったんじゃないのか?
「それは違うよ。美月さんが『戻って』来たから、アリスは再び死んだんだ」
「?」
再び死んだ? わからない。わからない。わからない。
「絶望したでしょう。美月ちゃんは世界の均衡を崩した。だから排除される運命にある。私は、シュータくんの体内にもう一個の代替用の世界を創り、そこに皆を住まわせる。神になって普通のありふれた世界を守り続ける。シュータくんと結婚して、車と家を買って、子供を二人産んで、大事に育てて、私は売れっ子小説家になるの! この馬鹿げたビューティフルな世界は私の為にあるんだからね☆」
超能力が無かった方が良かったのか、そのせいでアリスが死んだのか。俺はわからない。確かに超能力なんか無くて、アリスも生きていた方が幸せなのかもしれない。だけどそれじゃ、美月が幸せになれない。俺はあの子を救いたくて――
「美月ちゃんはお母さんの悪行を黙殺したんだ。そして私を押しのけることで、自分がこの時代に居座った。ただ未来から逃げ出すために。私の、命を、人生を、踏みにじって!」
本格的に頭痛がしてきた。俺は膝から崩れ落ちた。はじめ、自分が倒れたことにも気付かなかった。だけど物々しい音がして、それが自分が倒れ込む音だと気付いたのだ。痛みが無かった。
「あれ?」
「毒ガスだよ。少しの間、シュータくんには動かないでいてもらいたい。いきなりでごめんね。思った通りの展開になりそう」
動こうにも動けない。自然と鼻血が流れた。教室の木目の床に、血だまりができていった。苦しくないし、痛くない。けれど感覚的に死に近づいているのだと思った。なぜアリスは俺をこんな目に遭わせるんだ。辛うじて目と耳は何ともなかったので、様子を窺っていた。
「やはり来たか。いつまで私の邪魔をすれば気が済むんだろうね。予測通り、望み通り、腕が鳴るよ。ワクワクする。この日を待ち望んでいたんだからね。アリスちゃん☆の宿敵」
ドカン! 教室の壁が突き破られた。廊下側から何かが突っ込んできたのだ。それが決してガトリング砲とか重機じゃないことはわかった。流れ星みたいに一個の弾丸だった。壁が勢いよく破られたことで、破片や机や椅子が吹っ飛んで来た。アリスは視線の動きだけで、ガード用のベニヤ板を立てて、俺と我が身を守った。
「シュータさん!」
懐かしい声。俺は安堵していた。絶対に、絶対に来てくれると信じていた。
「浮気は許しませーん!」
声を大にして叫ぶ。星陽高校の制服を身にまとった時をかける少女。砂ぼこりをかぶった美月の姿がそこにあった。美月が救助に来てくれたのだ。浮気はしてませーん!
「シュータさん、泣かないでください。今、助けますから」
泣いているのは恐らくガスとホコリのせいだ。咳がしたいのにできない。それにしてもなんてド派手な入場だろう。美月らしくない。教室の鍵は開いていたと思うのだが。




