二十八.尾を捧げて七度(20) 6
「まあ追々わかるさ。それで私はシュータくんのポケットに寄生して生き延びたんだね」
「だが俺はあのヘアピンを使ったことも無いぞ。制服のズボンに入れっぱなしだ」
「それはわかってた。ピンの中の情報は、シュータくんの体内コンピューターが増加したら、自然に侵入して繁殖させる仕組みだった」
言っておくが、俺は体内コンピューターなんか今も使っていない。あの、視界に変なホログラムが出現する機械だろ? 砂粒よりも小さくて体内に服用できて、未来人がみんな持ってるヤツ。
「でも必ずしも視界に見える形で存在するとは限らない。血中や細胞内を動き回ったり、神経と接続したりするだけで、視界や聴覚で感知できなくても存在できる。体内コンピューターは病気や怪我の治癒にも使えるからね」
……ま、待て。じゃあ俺は気が付かないうちに体内コンピューターを入れているのか。
「その通り。ルリちゃんから何か言われなかった? 催眠術的なこと」
アリスが死んだ直後を思い出す。ルリのセリフ。
――「これで丁度いいでしょ。早く元の時間軸に『戻る』手立てをしなよ。ルリはもう元の時代に帰るからね。それとシュータくん。会いに行ってあげてね」――
そうして俺の目を覗き込んだのだ。あれが催眠術だったと。
「そうだよ。『アリスに会いに行ってあげてね』ってセリフ。あれはお墓参りのことじゃないよ。私が依頼した催眠術なの。『以後、シュータくんが体内コンピューターを摂取したとき、体外に排出させない』ような催眠術をかけろって」
そしてルリは命令通りの催眠術をかけた。でも待て。ルリはお前を積極的に殺したがっていた。ルリが協力するなんてそもそもおかしい。
「そうだね。あのときの私はドロ、ルリちゃんはケイ。ルリちゃんの方は『期日ちょうどに私を殺す』と決めていた。遊園地からの逃亡に協力したのはたまたま。私を実代たちから遠ざけたかったルリちゃんと、単に生き延びるために逃亡を企てた私の協力プレーだよ」
俺たちは、アリスの保護か殉死か迷っていた。ルリは確実に殺そうとした。アリスは両者から逃げたがった。そのためルリの助力で、まず俺たちから離れた。
「厚意で同じホテルに泊めてもらっちゃってさ。アリスはその隙に、寝ているあの子に催眠術をかけて、さっきの指示と『シュータくんの寝込みを襲え』という命令をした。ルリちゃん、私に命令されたことは催眠中だから覚えてないだろうね。にゃは」
確かにあの夜、ルリは同じホテルの上の階から下りて来て、俺にちょっとえっちな催眠術をかけた。美月が飛び込んできて事なきを得たが、確かにアリスの逃走時刻と一致する。だけど、どうやって催眠術をアリスが使ったのか。結局これも疑問だ。
「俺が体内コンピューターを蓄積させる体になったことはわかる。それで、いつ俺がそれを蓄積させた?」
「あれー? 記憶力に定評のあるシュータくんでも覚えてないの?」
アリスが試すように首を傾げる。黒髪が赤く揺れる。
「ふん。いくつか明白に覚えていることはあるな。そんな物は滅多に登場しないからさ。だって美月処方の薬は大体が目を見て投与される。物体として処方されたのは一度きり。文化祭でルリがくれた、RCmk66のβ型かな。屋上で佐奈子の呪いを受けたとき、確かに服用した。すぐ排出される、きつけ薬のコンピューターという触れ込みだ」
アリスは頷いた。
「ルリちゃんは無害な薬を出したつもりだと思うよ。シュータくんもそのつもりで、『ルリちゃんめちゃ可愛いろくろくベータ』を飲んだんだよね」
え、アレそういう名前の薬だったの?
「でも残念。体にかけられた暗示のせいでコンピューターは体内に残ってしまった。以降、私はヘアピンを通じてシュータくんの体内コンピューターに寄生し、自己データを定着させた。同時にコンピューターをシュータくんの神経に接続して、逆にこちらからシュータくんを操れるように頑張ったんだ。変な夢を見た記憶は無い? 私が脳神経をいじくったからだよ」
あるような、ないような。夢については曖昧でよく覚えていないことが多い。クリスマスの頃かな、それくらいから変な夢を見るようになった気がしている。
「だけど、量が圧倒的に足りなかった。シュータくんにこき使われるはずの体内コンピューターで逆に本人を操るんだもん。大量のコンピューターが必要だった。そこで、今年の五月のことだ」
今年の五月。忘れもしない。美月へのガチ告白。
「違うってば! 私というものがありながら、シュータくん浮気して……」
アリスがアヒル口でむくれる。何を言ってやがる。
「ユリとの戦闘で、コンピューターを摂取しなかった?」
それなら思い出せる。美月から身体強化のためにコンピューターを受け取り、ユリに辛勝したのだった。あれもアリスの野望ために利用されてしまっていたんだな。
「そう。シュータくんが多量のコンピューターを体内に取り込んだことで、アリスは満足に活動できるようになった。だから、ユリさんを倒した後、卒業旅行の時期に乗っ取りが始まったんだね」
アリスが勝ち誇ったように指を鳴らした。そもそも何がしたいのだ、アリスは?




