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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十八.尾を捧げて七度(19) 6

「シュータくんの現状から伺おうか。色々困惑しているようだから」


 アリスが黒板の前に行って、ぴょんと教卓の上に腰掛けた。猫は俺の寄り掛かる机の隣に登った。


「現状? 訳がわからないな。美月やミヨと七夕飾りを生物室でしていたら、いきなり変なバスに乗せられていた。死んだはずのアリスもいる。それだけだ」


 アリスは話を聞くと、うふふふと口元を押さえて笑った。何がおかしい。


「万事上手くいっているね。なら、大丈夫。まずここがどこか教えよう。シュータくんは今、シュータくん自身の体内コンピューター内にある世界にいます」


 アリスが一言ずつハッキリ話す。俺の、体内コンピューター内? マトリョーシカ式に、俺が俺の中に入ってしまっているというのか。


「俺は体内コンピューターなんか持っていない。ましてや体内コンピューターの中に変てこな世界を作っていない」


「でもここはシュータくんの精神と直接結合した世界なんだよ。心当たりは無い?」

「ない」


「即答だね。本当にそうかな? アリスはシュータくんと楽しい愉しい温泉合宿に行って来た帰り道なんだけど」


 頭がズキンと痛んだ。無意識に追いやられていた記憶が鮮明に戻って来る。アリス、メロンパン、すき焼き、うどん。なんであの記憶を俺は放っておいたんだ。頭痛が……。


「頭だけにズキン(頭巾)ってね」とアリスが笑い転げる。今はそんな場合じゃない。


 ――思い出した。卒業旅行でテーマパークまで遊びに行ったときだ。俺はあの日を境に頭がぼんやりしていた。朝から寝坊して、園内を巡るときも変な夢を見たのだ。その夢は、


「アリスと一緒に温泉街に行って勉強する夢だ。そうだよ」


「ビンゴ。シュータくんが見ていたのは夢ではなく、体内コンピューターで生産された世界での出来事だよ。シュータくんは体内に疑似的な世界を作って、そこに自分の分身アバターを置いて役になりきっていたのさ。ちょうど卒業旅行の辺りから自覚し始めたらしいね。そして、その日のうちに完全に意識が分裂し、分身は独自に動き始めた」


 無自覚だが、そうなのだろう。最初は温泉に行く変な夢だと思っていた。だが途中から夢すら見た記憶が無い。ただぼんやりしていたら、時間が過ぎていただけだ。それから寝ても夢を見なくなった。たくさん寝たはずなのに一度も。そのときから夢を奪われていたのだ。


 現実の俺と夢の俺で人格が分裂していた?


「シュータくんは今、分裂した人格が再統一された。気分はどう? 楽しい混浴覚えてる?」


 どうやら覚えているらしい。記憶が二つある。今日は深夜に混浴して、昼に神社に行った。俺はポケットに手を入れてみる。探すのはアリスの青ピンとルリのメモ紙……この二つが常にお守り代わりだった。しかし、今ポケットにあるのは「恋愛御守」だけだ。


「どうやら本当に夢に引きずり込まれたらしいじゃん。で、アリス。お前は何者だ。俺の空想が作り出した偽物のアリスか?」


 アリスは当然その質問だよねという風に頷いた。余裕綽々。最後に王座で決戦したときと同じ表情だ。むしろあの時より余裕がある。可愛げのある素朴な女の子という印象はもう無い。


「好きな女の子に向かってそれはナイよ。ナイナイ。シュータくんは本物のアリスちゃん☆を見極められるはずでしょ?」


 こいつが本物だというのか? いかにも悪役みたいな笑みを浮かべているこいつがアリス? 偽物だと思いたい。というかそもそも、


「本物のアリスなら、俺の体内コンピューターにいるのはなんでだ。お前の目的は何だ? 俺の肉体や俺たちの世界に何をした?」


 問題は俺がどうやって閉じ込められ、これからどう脱出するかだ。外にいる美月たちは大丈夫だろうか。アリスは焦る俺を見て微笑んだ。


「最初の最初から話せば長大な悲劇のストーリーがあるんだけど、割愛しようか。アリスが死んだときから話そう」


 アリスは去年の五月まで生きていて死んだ。詳しく言うとややこしいが、五月から二月まで「遡って」、死んだことに歴史を書き変えた。世界の認識も去年の二月をもって、アリスが既に死んでいるということに変更されているというわけだ。


「交通事故で私は死んだ。けど、自分の精神データを残していたんだ。どこだと思う?」


 アリスの記憶が保存されていた場所? ……そんなの、ヘアピンしかない。アリスの遺品はそれ以外何も持ち帰っていない。


「当たり。私はヘアピンに自分のパーソナル・データを全部残したの。ほら、美月ちゃんたちが精神データだけを体内コンピューターに保存して、移動させるみたいにね」


 未来人は精神データを送信し、もう一方の時間軸で合成した身体に移植することで時間を移動する。きちんとデータに保護をかけて慎重に行わないといけないらしい。アリスも記憶や思考パターンなどのデータを保護してピンに詰め込んだようだ。だが、どうやってそれが出来たのか。それも疑問だ。

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