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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇 らいと版
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三.白山にあへば光の失する(16) らいと

 その瞬間――。ノエルが石島に飛び膝蹴りをした。間に合ったらしい。そのまま石島の腕を掴んで後方に放った。

「先輩! 勝つまでやるんでしょう? 俺が一分だけ稼ぎます!」

 ノエルは頭部から流血しながらも石島に再び戦いを挑みに行った。勝機を見出すには、美月に相談するしかない。俺は動かない脚を鬱陶しく思いながらほふく前進した。


「美月! こっちへ」


 美月はあまりの痛みに涙を流していた。未来人が捨てた怪我の痛み。いいよ、もっと痛がれ。痛みは生きている証じゃないか。死との距離を本能が測っているんだよ。


「シュ、シュータさん!」

 美月は顔をくしゃくしゃにしてこちらへ這って来た。真ん中で落ち合う。


「肩と腰を怪我していて、これ以上動けま、せん。痛い。もうリセットしましょう」

「駄目だ。まだ負けていない。最後まで戦う」


 美月は明らかに反対していた。でも頷いた。美月は俺よりも重傷だ。動けそうにない。美月が動けないということは、石島を気絶でもさせないと、五秒目を見るなんてできないじゃないか。さてどうするか。


「シュータさん、これを。シュータさんに、託すことならできます」

 美月は俺にコンタクトの入ったケースを手渡した。何だこれ?


「これは、コンピューターが不調でモニターが視界に表示されないときに使う、スペアです。これを目につければ、私の画面がシュータさんの視界にも見えます」


 そんなことが可能なのか。俺はコンタクトを装着する。初めてだが痛いな。以前見たような意味不明の文字列が視界に映る。そして画面が開いて伊部が出て来た。


『よう。シュータ。ルナはお役御免だ。あとはお前がルナの役割を果たす』


 つまり、俺が石島と五秒目を合わせるってことか。いやいや美月が動けないとは言っても、ノエル一人で石島を押さえるなんて――やるっきゃないのか。


「美月、あとはゆっくり休んでろ。行って来る」

「お願いします、シュータさん。死な……ないで」

 保証はできないがな。俺は脚を引きずりながらノエルの所へ。ノエルはほとんど防戦一方だ。どう考えても勝てそうにない。


『お前、大言壮語しておいて起死回生の一手があるのか?』

 伊部は黙ってろ。ここから先は気合いと根性。が、頭も使う。弱者の兵法だ。俺は傘を掴んで石島に向けて投げつけた。ノエルはすぐに気付いて退避。傘は石島に――


「当たった、だと?」


 後頭部に当たった。石島は虚ろな目で振り向く。ここが好機とノエルはローキック。こいつは戦い方を知っている。俺たちの勝利条件は石島を行動不能にさせて五秒間動きを止めること。足という一番の行動手段を奪う。俺がやられたみたいに、歩けなくするのが近道だ。ワンチャンスを脚への攻撃に使ったのは偉いぜ。


 攻撃は足払いのようになって、石島が尻もちをつく。って、転んだ? まさか、相手も疲れているんじゃ。


『スタミナ切れじゃないか。行け、シュータ!』

 わかってるよ。俺は一気に距離を詰める。五メートルは離れてる。ノエルは座り込んだ石島の脚に絡み付いて、右足首を捻り壊した。流石の石島も苦悶の表情を浮かべる。


「ノエル! 頼む」

 ここでノエルが石島を押さえ込めば、そう思ったのだが。


「わっ、そんな!」

 ノエルは髪の毛を掴まれ、遠くに放り投げられた。足はダメでも上半身は元気かよ。ノエルは起き上がる素振りも見せない。ピクリとも動かなかった。


「ノ、ノエル……くん」


 美月が声を上げるが遠目に見る限りじゃ気絶、最悪は死んでる。骨は拾うからな。俺は石島と顔を突き合わせる。足が上がらない者同士、タイマンだ。俺は手の届く距離に入るや否や渾身の右ストレート。もちろん石島も応戦する。


『おい、シュータ! 生きてるよな』


 痛ってえ! まともに頬に食らった。だがオアイコだろう? 俺の拳も当たったぞ。石島はもう次の手を出していた。やべ、間に合わない。俺は頭をぶたれて背中を付いた。仰向けに倒れる。視界が暗い。追撃されたらマズいな。ああ、でも声が聞こえた。


「シュータさん! 負けないで!」


 遠くに美月の声。そうだ。俺は美月のリベンジに、その前に美月に喜んで欲しくて戦っていたのだ。負けたくない。美月が殴られて、泣いて、それで俺まで敗れるなんて。


「だあ!」


 ださい科白と共に起き上がり、石島の顎に、手加減抜きのアッパーをした。逆に石島が倒れる。そうだな、負けられない。大好きな女の子が傷付けられて、黙っていられる男がいるかよ。


 俺は石島に馬乗りになる。両腕を押さえて目を合わせた。石島は焦点がぼやけた目をしていたが、俺を睨み付けていることはわかった。ここから五秒。


『シュータ、よくやった。あとはカーソルが合うようにして待て』


 俺の視界の中央には電子サークルがある。石島の目がその円に入るように俺は石島と睨み合った。カウントダウンが始まる。5、4、3――そのとき不意に石島の全身に力が入った。――まさか、反撃が来る? でもどういう攻撃が? 


「っと、危ない!」


 石島は頭突きをしてきた。思い出したぜ、ミヨの予言を。役に立つじゃないか。そしてカウントダウンは、2、1、0。


 ――勝った?

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