一.黄金ある竹を見つくる(6)らいと
放課後になると、片瀬にグーパンチで叩き起こされた。あ、今年度初のホームルームが終わってた。
片瀬はどっか(たぶん部活に)行ってしまったので、俺は竹本の影を捜す。竹本も何か用事があるらしいから、声を掛けないと。ただ露骨に声を掛けると、クラスメイトから僻まれそうだ。俺は隣の隣の席まで移動した。
「竹本さ――」
「竹本さーん! 俺と連絡先交換しない? クラスのグループに入れてあげるからさ」
冨田がウキウキで俺と竹本の間に割り込んでくる。おい邪魔や、どけ。
「グループ、ですか? 私が入れる大きさならいいんですけど」美月が首をかしげる。
俺の知ってるグループはエレベーターみたいに定員は無いぞ。
「何かあったとき連絡取れないとマズいだろ? だからさ!」
「おい、冨田。強引に女子の連絡先を訊くのは、ほぼ犯罪だぞ」
「どこがじゃ。邪魔すんのけ?」
冨田とバチバチ睨み合う。竹本が信頼しているのは俺なんだから、俺が先に連絡先を交換する権利があるだろ。
「なんだと。フラれたくせに。お前も連絡先知りたいのかよ」
当たり前だろ! 知りたいか超知りたいかで言えば、超知りたいに決まってるじゃないか。
「あ、あのお二人とも。私は別にお二人と交換しても構いませんよ」
女神のような慈悲を竹本から恵んでいただいた。苦笑いさせてしまってごめん。じゃあそうするか。
俺は尻ポケットからスマホを取り出す。ロック画面には満月の写真。そして左上の充電マークには「3%」の文字。――え?
「嘘だろ、スマホの充電が無い」
朝来るときにはきちんと百パーセントあったはずなのに。どこで減ったんだろう。今日はほとんど使ってないぞ。冨田は馬鹿にしたように笑っている。
「ざまあねえぜ。俺はしっかり充電してあるからな。おいアイ。俺がとりあえず竹本ちゃんと交換して、転送してやってもいいぜ」
悔しいけど、そうしてもらおう。二人が仲睦まじく(偏見)連絡先を交換するのを見て、ジェラシーを感じた。……ジェラシー? 別に竹本は元から人気者で、俺なんかそもそも眼中に無いはずなんだから嫉妬する義理はないんだが。
俺は溜息を吐いてポケットにスマホを戻し――しくじった。手からスマホが滑り落ちる。そして「パンッ」という音と共に床に落ちた。画面を下にして。教室が水を打ったように静まり返る。みんな察したらしい。俺も察した。
「相田さん、落とされましたよ」
竹本が心配そうに俺を見上げる。うん、ソウダネ。俺は屈んで拾い上げ、画面を点ける。うわああああああああ。
「あ、相田さん⁉」
「本当に、お前ってツイてないな」
満月の写真の上に黒い稲光が走っている。液晶がバリバリに裂けた。一年前に機種変したばっかりなのに……。ダメージがでかい。風の前の灰塵となって散るしかない。
「相田さんが、本当の灰に見えます」
散々な一日だ。まったく。
「大丈夫です。相田さん。任せてくださいね、ほら」
竹本が両手をパッと広げる。何それカワイイ。すると、――瞬きがやって来る。
俺の手にはスマホ。電源を入れると「2%」の文字と、綺麗な満月。あ、液晶が元に戻ってる。どうして?
「この通りです」
竹本が心なしか得意そうに胸を張っている。竹本が直したのか。手品?
「手品って。……相田さん」
表情が曇った。え、手品とかじゃなくて? リアクションが薄いから? なんで不満そうなんだ。すると冨田が、
「どうしたんだ? ほら、充電切れのアイは放っておいて、交換しようぜ」
冨田が白い歯を見せてスマホを取り出す。あれ、さっき交換は済ませていたはずじゃ……。まだしていないことになっているのか。そうか、再び同じことが繰り返されている。ループしている。昼休みと同じだ。竹本は意味ありげに俺をじっと見ていた。
――そうか。まさか、昼に「時間が巻き戻ってる」って言った俺の発言は、的中していたのか。同じことに竹本も気付いていて、だから?
けど、時間がループするって何? 夢でも見ているのだろうか。でもとにかく二回目の四時十五分だ。何か仕掛けてやろう。
「おい、冨田。実は竹本ちゃんはすでに片瀬や福岡たちと連絡先を交換したそうだ。だからお前のお節介には及ばないってな」
「え、そんなことありま――」
余計なことを言いそうな竹本を遮る。ほら、これで冨田の目論見を阻止してやった。いい気味だぜ。竹本だって俺に話があるんだろ? こんな所で油を売ってないでどこか静かな所へ行こう。日が暮れるのは早いんだからさ。
「邪魔するんじゃねえよ、アイ」
「竹本さんは忙しいんだ。明日にでも交換してくれ。じゃあな、竹本さん」
竹本を半ば強引に退散させる。冨田の恨めしそうな顔は忘れられそうにないね。呪殺されそうだ。俺も帰るふりをして竹本と合流しないと。
「またな、冨田」
「おー。まあいいぜ。俺は坂元ちゃんと学内ゴシップで盛り上がる予定だからな」
また新しい女を追い掛けているのか。何連敗中だよ。
「ふん、そうじゃなくて、坂元ちゃんはただの友達だ。暗黒同盟」
それが何かは訊かないぞ。俺は気持ち早足で教室を出た。竹本は昇降口で健気に俺のことを待っていた。なんだか、悪い気はしない。
「どこへ行きましょうか。落ち着いて、なるべく人が来ない所で話をしたいのですけど」
なぜそんな所へ呼び出されるのだろう。本当に愛の告白なのか、後ろめたい話なのか。この美少女には謎が多すぎていまいちわからない。
「人が来ない所?」
「ええ。相田さんにだけお伝えしたいことが」
怪しいな。でも転校初日にマルチ商法を持ち掛けてくることはあるまい。俺は静かな場所を学校の近くで思い浮かべた。学校前の坂を下れば、大通りが駅前まで続き、少し騒がしくなる。住宅地まで入って行くと静かだろうが、話ができるような公園があったかな。
「あ、ならさ、坂を上ってしばらく歩くと神社があるんだ。そっちに行かない? 神社までの河川敷は桜が咲いて綺麗だよ。舗装された並木道になっているんだ」
途端に竹本の表情が華やいだ。
「桜、いいですね。綺麗ですものね」
あなたもね。
「では案内お願いします」
竹本にスマイルを贈られる。俺は照れ臭くなって「ああ」と承諾した。二日目にして隣に並んで歩けるとは思わなかった。やはりなるべくしてこうなったのかもしれない。