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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十八.尾を捧げて七度(18) 6

「え?」


 目が覚めると、俺はバスに乗っていた。なんだこのバス。どうして薄闇を走っているんだ? そもそも学校で七夕飾りを終えた後、俺はどうしたのか覚えていない。状況が上手く呑み込めないけれど、また変なことが起こっているんだ。こういうときは冷静に事態を把握すべきだ。どこにいて、何が起きていて、誰がいるのか。


「やっほー」


 ……うっ! 心臓が止まるかと思った。バスの通路側の暗がりに座っているのはアリスだ。なぜ死んだはずのアリスがここにいる⁉


「そっか。やっと分離していた人格がこっちの世界に来たんだね」


 ……何を言っている。アリスは窓から差す赤い光に照らされて、笑みを浮かべた。いつもの温和な微笑みだ。そして、得も言われぬ不気味な感覚。


「俺は悪い夢でも見ているのか……?」

「悪い夢? あるいはそうかもしれないね。だけど安心して。夢から醒めただけだとわかるはずだから」


 俺は立ち上がって瞬時に車内の様子を確認した。誰も乗っていない?


「とりあえず二人だけの世界にしたよ。あとで必要な人だけ復元すればいい。まずはこの世界の今後の方針について、とくと語り合おうじゃない。シュータくんはどうしたい? この世界のアダムとして」


 ――ピンチだ。どうする? 誰もいない世界で怪しげなアリスと二人きり。


「なに、シュータくん? その顔は絶望しているの?」


 アリスは愉快そうに黒い笑顔を浮かべた。俺は必死に頭を巡らせる。対抗する手段は――ない。俺自身は、たった一人ではどうしようもなく無力だ。


「そうだ」


 俺は一つ、キーアイテムを思い出した。バレンタインデーのとき、ルリから貰った一枚の紙片。ルリは、


――「ダメ。それはどうしようもなく困ったときに読んでください。役に立つかもしれないし、もう手遅れかもしれない。ルリはそれを伝えるべきか悩んでいるんです。本当はすぐ伝えないと悪いことが起きる予感があります。でも、簡単に裏切れない。ゴメンナサイ、上手く言えないの」――


 と俺に手渡して未来に帰った。今、読むしかない。でも、ポケットに無い……。


 バスがたどり着いた先は、星陽高校の駐車場だった。何が起きているんだよ。美月やミヨはどこにいるって言うんだ。このアリスは何者なんだ。目的は?


「混乱しているみたいだね。まずはバスから降りようか。体がカチコチになって大変だったよ。でも旅行楽しかったー」


 俺はアリスに背だけは向けないよう慎重を期してバスから降りた。運転手もいない。外の世界も普通じゃないことは確かだった。世界はたぶん暗闇に覆われているのだろうけど、それを照らしているのは、静脈血のように黒ずんだ赤色をしている月光だ。強烈な赤黒い光が、静かな地上を真っ赤に染めている。去年の春に起きた、坂元の事件より酷い光景だ。


「坂元ちゃん? なかなか鋭いね。まあ付いて来なよ。一切合切ぶちまけて、シュータくんも美月さんも絶望の淵に叩きのめしてあげるからさ」


 アリスはいつの間にか真黒な一枚布のドレスを着ていた。


「お前が、世界をこんな風に変えた黒幕だっていうのか」

「それも含めて話すよ」


 アリスは土足のまま校舎へと侵入した。俺も靴を脱ぐのが馬鹿らしくなって、そのまま上がってアリスの後をつけた。当然、こんな校舎に人は存在しない。いつも通りの校舎が、今日は真っ赤な光を飲み込んでいる。異質なのはそれだけだ。


「美月はどこだ」

「いない、いない。ここにはいないよ。ここにいないよ」


 アリスが教員用のエレベーターの前で立ち止まった。アリスは微笑んで階数のボタンをビシッとグーで殴る。鈍い音が響いて、ボタンが点灯した。


「あは」


 アリスは笑い声を漏らした。エレベーターは扉の向こうにすぐいた。アリスが先に乗ると、俺に手招きをする。俺は警戒して同じ箱に乗り込んだ。――え?


「にゃあ」

 天井から猫が降って来た。一抱えくらいの黒猫だ。


「ああ、猫ちゃんが先に乗ってたんだね」


 アリスは何でもないようにそう言う。黒猫も特に危害を加える様子はなく、大人しく俺の足元に立った。どこから来たのだ。天井に猫が隠れるようなスペースは無い。


「じゃあ四階に行くよ」


 アリスは二階と四階のボタンを押した。エレベーターは扉を閉めると、まず二階に到着する。扉を開く。向こうには誰もいない。


「なんで二階を押すんだ?」意味が無いことのように思える。

「大丈夫、次は四階だから」


 扉が再び閉まり、四階へと向かう。無言。猫も無言だ。


「着いたよ」


 アリスは四階に着くと真っ先に降りた。俺も猫も付いて行く。アリスは迷うことなく、二年六組の教室へ入った。誰もいない教室で、すごく静かだ。昼か夜かもわからない。

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