二十八.尾を捧げて七度(15) 5
勉強合宿も本日が最終日となった。今日の山の天気は濃霧だ。朝から真っ白な霧がかかって景色を窺い知ることができない。慣れ親しんだこの部屋とも最後かと思うと、少し残念な気がする。
朝食を終えて、一行は旅館の入り口に集合だ。実は今日、勉強の予定は組まれていない。最終日で帰らなければならないので、勉強する時間が無いのだ。教師も阿保なことをする。普通に授業実施日だったなら、今日も一日勉強だったのに。
帰り道、途中で有名な神社に寄ることになっていた。学問の神様にお祈りしようというわけだ。あれだけ対策だの何だの言っておいて、結局最後は神頼みになるところが人間らしいね。バスに揺られて行くわけだが、昨晩のお楽しみのせいで寝ているクラスメイトが多数だった。そりゃそうだ。
「アリスは緊張して眠れぬ」
隣のアリスは俺を意識して眠れないらしい。目元のくまが酷い。つい半日前までは夜のお散歩で同じ湯に浸かっていた身なのだから仕方ない。かく言う俺も緊張しているつもり。うとうとしているけど。
「それは本当に緊張していることにならないの」
へえ。じゃあ着いたら起こしてくれないか? 寺社仏閣なんぞ一ミリも興味ないが、降りなきゃ昼食が食えないらしいからな。アリスは溜息を吐いて、俺にアイマスクを渡した。どこのお土産屋で買ったんだ?
どれくらい経ったかわからないけど、鼻をつままれて起きると既に神社に着いていた。立派な駐車場だなと思いながら、バスを降車する。杉の木立に囲まれていて、本殿はここからじゃ拝むことはできそうにない。
トイレに行く人はトイレに向かい、それからクラス単位で見学ツアーになった。もちろん旅行じゃなくて勉強合宿だから、ガイドさんが付いていない。ガイドの説明もなく、古めかしい建物を見せられても「おお」以外の反応はできない。これはどうやって楽しむのが正解なんでしょう?
「つまんないな。壊してえな」と片瀬が悪態をついた。
文化財を壊すな。俺たちは本殿までたどり着いた。立派に横長な木造建築だ。最近リニューアルされたらしくて、塗装が均一で美しいな。それよりも、はあ、あの永遠とも思われた石の階段は、バリアフリーにできなかったのでしょうか。
「こんな辛気臭せえ神社見るんじゃなくて、俺は混浴に入りたかったんだよ!」
冨田の咆哮が鳴り響いた。アリスと俺は内心ギクッとした。冨田は入らなかったのか。
「アイも混浴したかったよな? 可愛い女の子とのハプニング期待したよな?」
「ま、まあなー。そんな夢みたいなイベント起これば良かったよな、アハハ」
適当に話を合わせたが、アリスが福岡の陰に隠れてしまった。くっ、殺してくれ。
「駄目よ、チャラ田くん。どうせアイくんが混浴したって、満足に手も出さない甲斐性なしなんだから」
深雪がやれやれと肩をすくめた。
「あれ、ツッコミが来なかった……」
深雪が驚いていた。俺は「ず、図星だったぜ」と言って笑いを誘った。傷口がこれ以上広がらないように、俺は本殿を指差す。
「お前ら、賽銭を鳴らして、鐘を入れて、財布を願うんだぞ」
「何言ってんだ?」
冨田に逆にツッコまれてしまった。自分でも動揺しているのがわかる。とにかくアレだほら、賽銭の準備くらいしろ。
まだ参道は結構な距離があったので、変な目で見られてしまった。俺は五円玉を握り締める。こんな風に上手くいかないチグハグな人生だけど、心から楽しいと思えるのだ。来年はまた別の場所で過ごさなければならないけれど、――いやだからこそ精一杯今を楽しみたい。心からそう思う。俺は賽銭の列に並んだ。
「シュータくん、五円持ってる?」
アリスが黄色の五円玉の穴から俺を覗いた。俺は「もちろん」と硬貨を見せる。参拝の順番が巡ってくるまでもう少しだ。他のやつらが付いて来ないので、二人で行こうか。
「何をお願いする? 私はね、シュータくんとこれからも同じ場所で過ごせるようお願いするよ」
「じゃあ俺もそうする」
アリスが口をあんぐり開けた。アリスが同じ大学に行くなら歓迎する。等身大の俺を受け入れてくれるのはアリスしかいない。美月と話すと緊張した。ミヨと話すと腹が立つ。深雪相手だと素直になれない。アリスには、ありのままの俺を見せられる気がする。
「いいんだ?」




