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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十八.尾を捧げて七度(13) 3

「なぜよりによってこんなお願いを?」


 変態ルリが書くのならまだ納得なのだが、ミヨが真剣にこれを書く気が知れない。「中〇し希望」以来の大ショックを受けているぞ。深雪も呆れて苦笑いしか発動できない。美月は……何がダメで、何にツッコめばいいのかわかっていらっしゃらないご様子。


「だって、私は将来のことが見えるのよ。知っていることをお願いする必要ないじゃない」

「確かにな。ならなんで子供の話になるんだ」


「私、結婚式の場面までの未来が見えるのよ。その先は知らないの。だから、結婚より先のことをお願いしないといけないでしょ。思いつくのは子供のことかなって。子供2人以上欲しいの。一人っ子で寂しかったから」


 うん、人生設計が具体的で宜しい。ただこれを公衆の面前に晒して良いのだろうかという疑問は残る。悪いことではないもんな。まあ、いいか……。ミヨだし。


「せめて『子宝』とかにして欲しいが、良しとしよう」


 ミヨは「あんたにジャッジされる筋合いは無いわ」と不満そうだ。美月もこんなお願いはナイと思うよな。


「みよりんさんは、『火星に行く』だと思っていました。伊部くんと予想したのですけど」


 伊部とも話してたの? あのやろコーヒーばっか飲んで仕事してるのかね。ところでなぜ火星なんだ。月とかじゃなくて? まあ宇宙進出を目指しているミヨらしいけど。


「え、いや、なんでもありません! 忘れてください。火星という単語に含意はまったく無いのですが!」


 大慌ての美月に、短冊を書くようグイグイ背中を押された。俺はとうとう椅子に座らせられる。じゃあ俺も何か大喜利するか。向かいの阿部はまだ何か書いていた。ずっと何をしているんだ?


「書いているんですよ。ほら、出来ました」


 阿部が掲げたピンクの短冊。


「ノエルくんノエルくんノエルくんノエルくんノエルくんノエルくんノエルくんノエルくんノエルくん」


 ふぇ? なに怖い。短冊一面に――いや裏面にもびっしり細かい文字で「ノエルくん」が書き込まれていた。呪いのお札みたいなことをするんじゃない! どういうつもりだ。


「これくらい愛が重い方がちょうどいいかなーなんて」


 阿部は「えへへ」と照れる。何がどう「ちょうど良く」なったのか知りたい。


「ちなみに、勝手にノエルくんの代筆もしました」


 阿部は黄緑色の短冊に、ノエルの角張った文字を真似て「愛する女を幸せにする ノエル」というお願い事を書いていた。捏造じゃねえか。おい、亡きノエルよ。もう一度言う。俺の方が恋愛運だけはありそうだ。


「シュータセンパイは何を願うのかな?」


 阿部は飾りつけに行ってしまった。深雪となぜか打ち解け合っている。あの調子じゃ、隠れヤンデレ同盟が結成される日が近いな。


 俺はそうこうしている間に何を書くかは大体決めていた。ミヨは神様に見せるものだと言うけれども、実際は皆に披露するのだから少しは読み手を意識すべきだろう。俺の願い事は決まっているので、それを素直に短くまとめるだけでいい。美月がひょっこり俺の元にやって来た。ちょっと待ってね。


「できた。読んでもいいよ。皆のために書いた」

「でも……、五枚ある」


 美月が不思議そうに眺めていた。別に一人一枚のルールは無かったよな。だから五つのお願いをしたんだ。全部にきちんと願いを込めてある。





あいが実りますように。あと、お母さんが見つかりますように」

理系りけいの道に進み、人の役に立つ気満々の彼女を応援してやってください」

頑張がんばりにふさわしい報いが与えられますよう。真面目でいい子です」

「とにかくコイツが前へ進めますように。チビでひねくれ者ですが」

上手うまく事が済んだときには、好きな子から極上の褒美が貰えますように」




 とまあこんな感じなんだけど、どうだろう?



「この順に書いたのですか? みんな宛てに」

 美月は俺の目を見て訊いた。まあ、そうだな。美月は最初の短冊を手に取った。


「シュータさん、大胆です」

 俺は照れ臭くなって目を背けた。「愛」を最初に持って来たのもマズかったかな。


「『うに』を二回も入れてくださるなんて……」


 恍惚とした表情。美月の頭の中は黒くてトゲトゲのウニで一杯のはずだ。それはマジで無意識に書いていた。確かにうにうに言ってんな。


「まあこんなもの早く飾ってしまおう。それで拝むのさ。さあさあ」


 俺は短冊をかき集めてシャッフルして笹の下に持って行った。俺の願い事を知った皆の反応はいちいち教えない。だって簡単に想像できるだろ。その通りの反応だった。


「これで師匠お手製の豪華七夕飾りが完成というわけなんですね?」


 阿部がキラキラした目で立派な笹を見上げた。こうして見ると、若干重たそうだが素人にしては綺麗に作れたものだ。写真撮っておこう。パシャ。


「写真はあとでミヨが映り込まないバージョンも撮るとして、」

「なんでよ!」


「これをどうするんだ? 一晩中飾っておくのか?」


 結構大きなものだから、勝手に教室に置いておいたら教師に苦言を呈されるだろう。


「いや、これは処分するのよ」

 ミヨは平然と言った。処分するって捨てるってこと?


「有り体に言えばそうね」


「お前、あれだけぞんざいに扱うな、丁重に扱え的なこと言っておきながら捨てるのかい」

 放っておくわけにいかないとはいえ、あっさりした命だったな。竹さんよ。


「こんな大きなもの、どうやって捨てるのよ?」と深雪が訊いた。


 ミヨは渋面を浮かべて俺と深雪を見た。


「現実主義者の二人。捨てる捨てるって、夢のないこと言うわね。供養と言いなさい。地方によるけど、七夕飾りの笹は川なんかに流すのが習わしなのよ。おばあちゃんが言っていたわ」


 なら正しいんだろう。早速やろう。美月が「水に流す」と言っていたのはこのことか。

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