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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十八.尾を捧げて七度(6) 3

 生物室には美月と深雪も共に向かう。二人は俺がいかに駄目人間なのかについて語っていたが、楽しそうだ。居眠りだの、うっかりミスだの。俺は恥ずかしいだけなんだけど、美月が仲直りできて良かった。深雪も根はいいヤツだから。


 ミヨの用件というが、はて何か重要な儀式でもあっただろうか。もうすぐ期末考査で、球技会もあるけど三年なのでそれなりに過ごせば終わってしまう。夏休みになれば、夏祭りにでも行くのかな。俺はまたプールに、いや海にでも行きたい気分だ。それに八月は美月の誕生祝いがある。


 その前に、生徒会選挙もあったんだっけ。この時期だったよな。とうとう石島と深雪の政権も終わり、栄華を極めた彼らも凋落していくのだろう。深雪はお疲れ様だけど、石島はざまあみやがれだ。


「あれ、相田先輩じゃん。おっは~」


 生物室の扉を開けると、テーブルには金髪の女子が座っていた。その派手な見た目のギャルと言えば、新入生の金ヶ崎だな。ノエルファンの空手家女子だ。


「古いな! おはようの時間帯じゃねえし」

 俺が反応すると、金ヶ崎は脚を組んで「おー」と感心した態度を見せた。


「流石キレキレ。星陽高校一のツッコミの申し子なだけあるね」


 キラキラした目で褒められた。誰がいつそんなダサい名前を付けたんだ。ID野球の申し子みたいに言うな。俺は古田か。


「長い長い。調子乗りすぎ」


 金ヶ崎にたしなめられた。上げて落とすな。


「金ヶ崎さんですね。こんにちはです」と美月が挨拶した。


「あーん、めちゃカワ。そっちの深雪先輩も可愛いですよ」


「自分、ついでみたいに言うなや」とツッコむ深雪。こいつ感化されるタイプだ。


 俺たちはひとまず荷物を置いて、金ヶ崎と話すことにした。ミヨはまだみたいだし。


「ところでなぜ金ヶ崎? お前はSF研を辞めて空手に復帰したんだろ?」


 体育祭で、俺と阿部が説得した結果、空手に復帰することを決めたはずだ。なのにまだゴリゴリの金髪だし、生物室にいる。もしかしてノエルと話し合ったけど、決裂してぐれちゃったのか?


「ぐれた人は、放課後に生物室まで来ないと思うのですが」と美月。


 健気で殊勝なツッコミが大変よい。はなまる。


「ツッコミという括りではなく、訂正です」と美月。訂正漫才ね。東のお笑い。


「ウチは空手また始めたよ?」と金ヶ崎は飄々と答えた。

「その金髪で?」と深雪。


「昔は、髪色が強さにエイキョーしたのかもしれないけど、ウチらの時代はやりたいこと自由にびゃーんってやったもん勝ちだから。スーパー野菜人みたいに、普通にブリーチ最強だよ。空手でも」


 サイヤ人な。ジェネレーションギャップに泣きそうになるわ。


「空手部に所属してるけど、SF研も兼部しちゃ駄目ってことは無いじゃん? だからまだ籍は置いてあるよ。こういう重要な行事だけ参加するの」


 重要な行事だと? 今日は何をするのだ。美月は知っているのかな。教えてもらえば良かった。


「SF研に残ったのは、ノエルのファンだから?」

「ファン?」

 そう訊いただけなのに、金ヶ崎は怒り心頭に発した。あの拳が飛んで来るかと思うと恐怖ではげそうになる。わかった、訂正する! 間違いがありましたか。


「ウチは拓海のファンじゃなくて、推しなの! ウチが拓海を推してるの!」

 究極の愛なんすね。


「シュータ先輩は『推し』いないの?」


 強いて言うなら美月だけど、美月には告っちまったからな。推し活って実際に交際を申し込んだら破綻だろ?


「みよりんは?」と、意地悪な深雪がバカなふりして訊いてくる。

「ミヨも推しかもな。あいつの魅力を知らないやつが多すぎる」


「え」


 入り口に立っていたミヨが硬直した。来ていたのか。マイ推し。


「シュータ……」ミヨが名前を呼ぶ。


「なんだよ」

「ちょっとキモい」


 なんでや。ミヨはすぐに教室に入って来ない。何やら大きいものを横にして、えっちらおっちらと運び入れる。嫌な予感しかしない。俺が恐怖におののいていると、ミヨはブツを立てて大宣言した。


「今日の日付を思い出して!」


 七月七日……。ああ、なんだそういうことかよ!


「七夕よ! 今日は短冊に願いを込めて、笹の葉に吊るすの。七夕の夜に神様がその願いを見届けてくれれば、織姫と彦星のように運命の結び付きが得られる。そんなロマンティックなお祭りよ」


 変な活動じゃなくて良かった。いや、高校生が七夕遊びというのも充分変なのだが、人間として常識内の行動だ。お前が雅な風流人だとは知らなんだが、とにかく適当に済ませてしまおう。ほら、短冊出せ。


「何言ってるのよ。その飾りつけをこれからするんじゃない。馬鹿ね」


 今から? バカはお前だ。日が沈むまであと三時間も無いんだぞ。しかも俺たち受験生!


「受験生だから、願掛けのためにわざわざ笹を用意したんじゃない」

 ミヨの手には立派な緑の笹が握られている。どこから……。


「朝担いできたのよ」


 恥ずかしいことを……。時間も無いし、とにかく俺は帰りたいんだ。貸せ、その笹。俺がちゃちゃっと飾りつけしてやるから短冊を切り出して用意しろ。


「もう、シュータったらやる気ねえ」

 ミヨが微笑ましげ。


「やる気はねえ! でも終わるまでどうせ帰らせてくれないんだろ。やるなら早く済ませてお祈りしようぜ。なあ」


 ガッカリだよ。小学生の頃の俺だって、何のためにこんな飾り付けをさせられているのだろうと思いながらやっていたのに、高校生にもなって……あ、まさかミヨ、笹の葉ラプソディ的な?


「何それ知らない」

 はい、忘れて。金ヶ崎も。では早速このメンバーで始めましょう。どうせ折り紙でチェーンとか星とか作って笹に負荷を掛けるんだろ?


「負荷を掛けるのではありませんが、昨日私がおうちで作ってきた飾りを綺麗にくっ付けましょう」


 美月が生物室にあらかじめ準備していたらしい。パンパンのビニール袋を取り出す。中には七夕飾りが詰め込まれている。なんだよ、あったんかい! これからそういうのを作るのかと思った。美月の丁寧な仕事で作られた折り紙を無償で使うのは犯罪に近い気もするけど、これで華やかなお祭りができるな。


 ほら、ミヨ。笹を貸せって。なぜ手放さない?


「だって、これはおじいちゃんちの竹藪から綺麗なものを選りすぐって運んでもらったんだもん。ぞんざいに扱わないでよ」


 ああ、農家をやっているというミヨの祖父ね。へええー。


「なんでアイくんの表情が強張るの? 家に生えてるただの笹ってことでしょ」


 深雪は笹をつまんで、びよーんとした。こら、深雪。ミヨのお父様のご実家の笹だぞ。完成したら写真を撮って「綺麗に出来ました、立派な笹ありがとうございます」くらいの文章とともにメールか葉書でも送るのが筋ってものだろう。丁重に扱いなさい。


「シュータ、どうかしたの?」


 ノエルがまだみたいだけど、さっさと始めるか。

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