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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十七.燕の持ちたる子安貝(34) 3

 俺は家に帰ると同時にリビングに向かった。手を洗ってうがいをして、ソファーに寝そべる母の足元に座る。家族だからこそ、改まると気まずいものがある。


「ただいま」

「おかえり。お土産は?」


 それかよ。俺はお菓子の箱をテーブルに置いて「話があるんだけど!」と威張る。威張るようなことじゃないんだけどな。母はテレビを観たまま「すごーい」という。まだ何も言ってねえし、何もすごい話じゃない。大学というか、進路の話なんだけどな。


「大学決まった? 受かった?」

「まだ六月だから入試やってねえよ。そうじゃなくて、大学行ったら東京で一人暮らしする。兄貴と同じだ」


 母は「頑張って」と爪を磨いている。いいのか、息子が二人とも出て行くのに。まあいいのだろう。怠惰な俺には期待も何も無いだろうからな。本題に入らせてもらう。


「一人暮らしするときさ、マンションに住む。兄貴みたいなボロアパートには住まない」

「家賃稼ぐの大変だよ」と言われる。


 奨学金も借りるし、食費を切り詰めるから心配するな。仕送りは兄貴と同額で構わない。


「ただ、マンションなんだけど、えっと、なんつーか、同級生の女子と同じ建物にするから……」

 それを聞くと、母は上半身をのっそり起こした。


「美月ちゃんと結婚を前提に?」


「ちげーよ。相手は美月じゃない。えっと、アララギミヨっていうんだけど、そいつがどうしても俺と一緒がいいって言って聞かないし、俺もあいつが心配だし、別にやましいことはしないし、近ければ何かと生活上融通が利くし、初めての東京暮らしで俺はともかくミヨの家は不安だろうし……。とにかく、一緒のマンションで生活することに決めた」


 俺も覚悟を決めた。もしミヨの願いを叶えるなら、俺はいつか親にもそのことを相談しないといけない。まだ大学に受かると決まったわけではないけれど、物件のことやお互いの家のことまできちんと相談しないと、学生だけでは何事も勝手に決められないだろう。


 それにこんな約束をしたら、両親には俺とミヨは友達以上の関係だと疑われるのも承知だ。それでもいいと受け入れないことには、先に進めない。だから世間体的には俺はミヨと付き合っていると思われてもいいと覚悟を決めた。夜のテーマパークで約束した通りだ。


「どんな子?」

「今日撮った写真なら、こんな感じ」


 ミヨのソロショットを見せる。笑顔のミヨが昼間の園内で着ぐるみとポーズを取る写真だ。母は目を丸くした。


「あ、あんた大物釣り得意ね。お兄ちゃんに手口を教えてあげなよ」


 確かに黒髪はシャンプーのCMモデルみたいに艶があって、肌はぴちぴちの真っ白。脚も真っ直ぐで長い。偏見を挟まず見れば、ティーン雑誌の切り抜きみたいだ。胸はあからさまに無いけれど、高校生だしこんな子もいるだろう。


「ミヨは理系クラスで成績優秀。ちょっと自信過剰で、声が大きくて、向こう見ずで、奇天烈だけど根はすごくいい子。将来は宇宙工学を学びたいらしい。家は高校近くの山の手の住宅地にあって、広い芝生と花壇が付いた二階建て一軒家。お父さんは大学院まで進んだ後、民間経由で三十のときからJAXAに所属したエンジニアで、お母さんは大卒で国際線のキャビンアテンダントをしてる。年齢はお父さんが四十三歳で、お母さんが四十六だって。父方は近郊で畑や田んぼをいくつか持ってる農家で、母方は目黒か品川? 方面のデンタルクリニックの一人娘って確か言ってたな」


「ごめん、途中から耳に入って来なかった」

 母が愕然としている。情報はたくさんあるけどミヨは確かにいい子だ。


「良家の子が、この周太郎に何の用だって? あんたハウスヘルパーにでもなるわけ?」

「何でだよ。二人で東京の大学に行くから、同じマンションに住むんだ。一応話をしておいた方がいいだろ? 新居を探すときに向こうと一緒に探すんだ」


 母は力なく拒否した。


「たぶん無理よ。ガッチガチのセキュリティの高級集合住宅に決まってる」

「いや向こうも学生だぞ! とにかく約束したんだ。事後報告なのは謝るけど、そういうことでよろしくな。俺は疲れたから、今日はちょっと眠る」


 リュックを担いでリビングの扉を押し開けた。母がこっちを振り返ったのがわかる。


「周太郎、真面目に考えて出した結論なの?」

「ああ。今のところ好きとかじゃねーけど」


 母は溜息を吐いて、「風呂入って早く寝なさい」と言った。「ん」と返事して部屋を出る。俺はほっと胸を撫で下ろした。ミヨさん、これから大変そうですぜ。

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