二十七.燕の持ちたる子安貝(31) 4
「SF研のことは置いておく。本当に話したいのは、竹本美月についてのことだ。お前は美月を知っているよな?」
電話の向こうで沈黙が訪れた。知らないのならノータイムで「もう一度いいですか」と訊き直すはずだ。
『噂では聞いたことありますね。竹本先輩の名前は』
噂では? 美月と会ったことないのか。ノエルの声は少し強張っていた。
『竹本先輩の話はタブーだと思ってたけどな。シュータ先輩の方が知っているんじゃないですか? 俺に訊かれても困ります』
「なんでだ。別にタブーじゃないだろ。二年のお前が知っているか気になっただけだ」
ノエルは困惑したように黙り込んだ。何を言うべきか悩んでいるようだった。やはりおかしい。
「竹本美月はいない。それも知ってるな?」
『はあ、俺にどうしろって言うんです? 竹本先輩のこと、どれほど知っているか言えばいいんですか? 俺が入学する前のことだからな。限られたことしか聞いていませんよ。竹本先輩という人が交通事故で亡くなったことですね?』
美月が交通事故で死んだ世界。美月はいたのだ。でもノエルが入学する前だと言う。つまり一年生のときだ。確か、アリスが死んだのは一年の二月だ。美月とアリスが入れ替わった世界なら、美月が代わりに犠牲になっていてもおかしくない。もう少し詳しく知りたい。聞き出せるものは全て引き出さないと。演技をして、
「そっか。お前も知っていたんだな。俺が一年生のときだ。美月は留学生だった。トラックに跳ねられて死んだ」
『ええ、アリス先輩が教えてくれました。自分とシュータ先輩と竹本先輩の三人で帰っている途中、竹本先輩だけ暴走したトラックに轢かれて亡くなったと』
俺とアリスも一緒に? 当然そんな記憶はない。
「二月の寒い時期のことだろ?」
『えっ、そうなんですか? 俺は知らないけど、五月だってアリス先輩言ってましたよ』
五月か。つまり一年生の五月に、ただの留学生である美月が交通事故で死に、アリスが代わりに生き残った世界。色々なことがわかってきた。
『……シュータ先輩?』
「すまない。昔のこと思い出しちまってな。誰も美月の話をしないから、美月がいたことが俺の妄想なんじゃないかと思って確認したくなっただけだ。美月のことを覚えているやつがいて良かった」
『今も覚えてらっしゃるんですか?』
「ああ。俺は何があっても美月のことを忘れたりしないよ」
やはりこの世界は何かが歪んでいるのだ。美月が初めからいないならまだしも、美月が消えてしまった世界。本当にここは夢なのか。夢だということを忘れるくらい現実感がある。二つの世界を行き来しているような感覚だ。何が起きているのだろう。
「あと、拓海。ミヨのことだけどさ、あいつが好きな人ってやっぱ――」
「何してるのよアイくん」
――背筋が凍った。振り向くと至近距離に深雪がいる。な、なんで。
「遅いから探しちゃった。誰と話してるの?」
深雪はニコニコ。スマホを落としそうになった俺は、深雪を手で制す。
「深雪が邪魔しに来た。ごめん、ありがとうノエ――拓海」
『ええ。ではまた。旅行楽しんでくださいね。後悔のないよう』
電話が切れる。深雪は「女の子と話してたんでしょ」と勘繰る。めんどくせえ。
「SF研の後輩だよ。可愛らしい見た目だが、男だ」
「男色」
「アホか。もう用は済んだから戻ろう」
「何話してたの?」
「さてね。実の無いことだ」




