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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十七.燕の持ちたる子安貝(30) 4

 俺はスマホ片手に廊下へ出る。ガラス戸の外には駐車場が見え、砂利敷きで庭には大松が生えている。車が次々入って来ていた。ちょうど混み合う時間帯らしい。給仕もあちこち忙しそうにしている。俺はポケットに片手を突っ込み、廊下の端に佇む。ここなら誰も通らないし邪魔になるまい。スマホのメッセージアプリを開く。


「ノエルは……」


 ノエルの名前を探していた。あいつに連絡が取りたい。たぶん俺が思うに、ここは超能力も無い、未来人である美月もいない完璧な普通の世界だ。凡人の俺が凡人として生活しているような、俺が昔から見てきた世界と同じだ。


 だが、本当に完璧なのだろうか。瑕一つない完璧な世界など存在しない。ここがどういう経緯で生まれた世界なのか知らないけれど、何かしら欠陥はあるはずだ。俺の元いた世界も、クリスマスに閉じ込められた世界も欠陥があった。鍵となるものがどこかにあるはず。ミヨとはまだ接触できていないけど、ノエルならもしかしたらということはある。頭がキレる奴だ。役に立つだろう。こっちでも知り合いならな。


「……む」


 ノエルの名前が無い。いつもなら上位にあるのに。検索をかけても見つからなかった。代わりにあったのは「拓海」。ノエルの本名は忘れがちだけど拓海だよな(たぶん)。自分の記憶に自信が無いが、そうだろう。時間帯的に昼休みだろうと思われる。俺は電話をかけた。出てくれるかな。プルルルル……プルルルル……


『もしもし? シュータ先輩?』


 男子にしては可愛らしい声。俺の知るノエルそのものだ。


「よお拓海。今何してる? 暇だろ」


『昼休み中に決まっているでしょ。どうしたんすか? 合宿中のはずでは?』


 ノエルは「拓海」と呼ばれているらしい。そりゃそうだ。美月がいなければ、クリスマスの事件も起きない。よって、ノエルと呼ばれるきっかけも生じない。ノエルは拓海のままだ。しかし、ならばなぜ俺はノエルと知り合いなのだろう。俺はスマホを耳に押し当てる。


「いや、俺もお昼ごはん食べに来ていてさ。これからアリスや深雪とうどんだよ」

『アリス先輩、楽しみにしてたからな。きちんとご機嫌取ってます?』


 俺は「はは」ととりあえず笑っておく。どうしよっかな。


「ノエル、ちょっと質問がいくつかあるんだ。訊いてもいいか?」

『まあ、用件があるから電話したんすよね。かまいません、俺で良ければ』


 ここは馬鹿なふりして手早く訊いてしまうのが一番だ。窓の外を眺めながら、


「俺と拓海ってどうやって知り合ったんだっけ。皆からふとした話題で訊かれたんだけど、ずいぶん前のことで思い出せなくてな。どこが最初だ?」


 ノエルは電話越しに笑った。たぶん廊下の隅で気取って肩をすくめていることだろう。


『忘れちゃったんですか? 勉強のしすぎで疲れているんですよ』

「かもな。頭がオーバーヒートしそうなんだ」


『俺と先輩が会ったのは、生物室でしょう。俺はみよりん先輩にSF研に勧誘され、シュータ先輩はアリス先輩に連れて来られた。あの日が初めてじゃなかったですか?』


 なるほどね。二年生のときアリスと俺は同じクラスだ。そのアリスを経由し、SF研絡みでノエルと出逢い、ミヨとも知り合ったと。


「でも、今ではSF研と距離を取っているだろ。忘れていたよ」と言うと、

『距離を取ってる?』と返された。


 違ったか。こっちでは部員なのだろうか。


『確かに最後まで入部はしてくれませんでしたね。生徒会役員であるシュータ先輩を引き込むわけにいきませんよ。今でもみよりん先輩はラブコールを継続中ですから、お時間があれば文化祭までに』


 さらっと大事なこと言ったよな。俺は生徒会の役員なのか。こんなに面倒臭がりで通っている俺が? 詳しいことは後で考えるか。それよりも喫緊の問題がある。俺は小さく息を吐いた。

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