二十七.燕の持ちたる子安貝(29) 4
「どっしぇー、いい景色。うどんかな、うどんかな!」
温泉街を外れた坂道を下る。ガードレールの内側の崖に沿ってクラスメイトと歩いていた。山の斜面に沿ったブロックの擁壁の上では、鬱蒼とした森が無秩序に青々とした葉を広げている。自然を存分に感じられる地形だ。道路に沿って下って行くと、間隔を空けて平地があり建物がある。飲食店ももちろんあった。アリスが見つけたのはうどん屋の看板だった。
「シュータぎみ、そちの御店にて昼餉こそ食べやうぞ」
アリス、古文が頭から抜けてないぞ。そろそろお腹も空いたし、そこの店に決めてしまうか。俺たちは昼食の時間に解放され、好きな場所で昼食を食べて来いと言われている。
あの鬱屈とした勉強会場から離れて、遠くまで足を伸ばす。かれこれ10分くらい歩いているが、自由時間は1時間半しかないのでそろそろ入店しないと間に合わない。もう少し下れば、別のうどん屋があるんだけどな。
「結局うどんならいいじゃん」
深雪に脇をつつかれた。どの店も同じうどんだと思ったら大間違いなんだぞ。それぞれ違った個性があるのだ。ところで深雪の近くに蛇おる。
「ぎゃあ! い、いないじゃん。やめてよ」
深雪は俺の肩にしがみつく。足元を見渡しておろおろしている。
「くっ付くな。足元じゃなくて壁側だ。ほら、コンクリートの壁の」
「ああ、目線の高さにいるやつね。蛇じゃなくてただのムカデじゃん。――って、ムカデじゃん!」
首を絞められた。俺はよっぽどお前の方が怖いがね。異論が無いなら手を放してそのうどんのお店に行こう。アリスもそれでいいな?
「やっぱシュータくんと二人が良かったー」
「あらー? もっちーの焼きもちですか」と深雪がからかう。
アリスは「勝手に付いて来たくせに」と不平を漏らしている。元はアリスが俺を誘い出し、深雪が付いて来たのだ。俺はどこに行きたいという意思も無いし、ふらふら歩いてきた。
馬鹿で有名な相田周太郎だけど、流石にわかってくる。ここは深雪とアリスの三角関係になっているのかな。俺がトライアングルに巻き込まれる世界が二つもあるなんてびっくりだ。やはりアリスと美月の立ち位置が入れ替わった世界ということなのだろうか。
三人で大きな一階建ての飲食店に入る。思ったより広い! 天井が高く梁が露出した和風の造りで、靴を脱いで座敷に上がるようになっている。俺たちは靴箱にスニーカーを入れて、靴箱の鍵である木の札を持ち席に案内してもらう。
畳敷きの大広間には、テーブルが並べられており客は座布団に座って席を囲む。俺たちは隅の正方形テーブルに案内された。
メニューを手渡され、「お冷をお渡しするときにご注文お伺いしますね」と前掛けのエプロンを掛けた女性店員に言われる。「はーい」とメニューを開く。さてさて。
「お前ら、何食べる?」
ここは天ぷらうどんが有名みたいだ。コシがある太めのざるうどんに、天ぷらが山盛りで付く。写真を見ても、やっぱこれが一番うまそうだ。唾を飲む。
「私はカレーうどんかな」とアリスが指差した。
「へえ、私はきつねそばで」とは深雪。
おい。せっかく旅行に来たんだから、季節感とか土地のものとか選ばないのかよ。
「俺は天ぷらざるうどん大盛り!」
「大盛り? そんな食べるタイプには見えないけど。私は普通盛りかな」
深雪はメニューを覗き込んだ。近いんだよ。お前も結局天ぷらなのね。アリスは、
「カレーじゃ駄目なのかな……?」
そんなに食いたいならカレー食えば? たぶんどこでも食べられるカレーうどんだけど。その後、店員さんが来て注文を取り、厨房へ戻って行く。こうして畳に座ると、まったりしてしまうな。本当は寝っ転がりたいところだけど、スマホを掴んで立ち上がった。二人が俺を見上げる。
「うんこ行って来るわ」
「言わなくていい」と深雪にぶたれた。




