二十七.燕の持ちたる子安貝(28) 3
結局閉園までミヨとお喋りしていたらしい。俺はもうすぐ閉園ですのアナウンスに気付いてミヨと走って出口に……。ロッカーに預けていた荷物を思い出し、大量の荷物とともに出口を飛び出した。ギリギリ間に合った。駅の改札前では皆が俺たちを待っている。福岡、片瀬、冨田、美月。
「シュータさ~ん! 閉じ込められたかと思いました」
夢の国のスタッフはそんな鬼畜じゃないぞ。美月が青ざめている。ミヨは「時計見るの忘れた」と頭を抱えている。ぼうっとしていたな。冨田は呆れ顔だ。
「雪月花さんたちと仲良く時間いっぱい過ごしやがって。恵まれてるよ」
深雪は帰ったみたいだ。真面目だから補導される時刻には家に着いていないと嫌なのだろう。ノエルに送ってもらえれば楽なんだけど、冨田たちを置いて行けない。
疲労困憊の状態で帰りの電車に乗り込む。空いている座席を見つけて交替で座ることにした。15分交替のつもりだったけど、ミヨ、福岡、片瀬、冨田は四人揃って熟睡してしまった。遊び疲れてということだから眠らせてあげよう。皆の寝顔は気持ちよさそうだった。な、美月。
「ええ。そっとしておきましょう」
吊り革を掴む美月は「しー」と人差し指を立てた。俺も隣で指を立てる。せっかくだし二人で話そうか。窓の向こうの夜景でも見ながらさ。
「その前に、シュータさんはみよりんさんと何を話されていたのです?」
「んー、まあ諸々のこと。おかげでミヨとはこれからも仲良くできそうだ」
真剣に話したから、たぶんミヨに気持ちは通じたはずなのだ。美月は微笑む。
「ええ、みよりんさんの表情を見ればわかります。元気いっぱいでした」
元気百二十パーセントがミヨの本調子だから。あれくらいでいい。将来のことも少しは明確に見えてきただろうと思える。俺も夢の中で嫌というほど進路を具体化させられている最中だ。そのことで言えば、
「美月も、お母さん捜しの目処は立った?」
美月は暗い顔をした。そう簡単にいくわけないか。
「伊部くんから、お母さんが消えたときの詳細な情報を受け取りました。気になることはいくつかあります。ですが、手掛かりや方策は今のところ……」
美月は拳をギュッと握った。力を込めて歯がゆさを堪えていた。
「すぐには進展が無いか」
「ええ、なにしろ問題が山積みですからね。この調子じゃ、10年かかるか20年かかるか、まるで敵討ちです」
「じゅ、――はあ⁉ そんな掛かるのかよ。探す気あるのか」
美月はくすくす笑った。
「冗談です。色々考えていることはあるのです。ですから、もしかしたら近々上手くいくかもしれません。ですが、もし上手くいかなくても、シュータさんと十年、二十年と一緒にいられるなら悪くないのかなとも、思います」
俺も望むところだけど、流石に美月に悪いよ。
「ねえ、ところでさ、美月のお母さんが消えたのは、タイムマシンを使ったとき。つまり未来からこっちの時間軸に『戻った』ときか?」
「逆です。過去から未来に『戻った』ときですが、シュータさんどうしてわかったのですか?」
未来で人が事故死、病死することは無いと聞かされていた。消えたとしても何かしらの手段で追跡可能なはずだ。彼らは体内にコンピューターを抱えているわけだし。過去に行っていたとしても、美月を伊部がモニターしているみたいにストーカー……じゃないや、監視できるだろう。なら移動のタイミングが一番脆弱じゃないかと思ったのだ。
ユリが銃を持って脅したとき、美月の体内コンピューターが停止すれば未来にパーソナルデータが返送されると言っていた。そのときデータの保護が万全にできていないと、廃人になる可能性があると。だから美月の母も事故か何かでデータを保護できないまま時間を移動して人格が失われ、そのまま消失してしまったと考えたのだが、合ってるのかな。
「大体の説明はその通りです。私の母は、この時間軸で何者かに不意討ちで襲撃され、データと肉体がどちらも消えました」
何者かに? 確かに考えられる可能性として、事故か事件だろうとは思う。普通は事故や不手際でデータが消えたとみるべきだと思ったが、まさか誰かの作為だったとは。
でもそれは当然のことなのかもしれない。もしタイムマシンの事故ならば、使う前にバックアップデータを準備するだろう。今回のケースは充分な準備がされていなかった。
つまりそうか、美月の母は突如として時間軸を「戻ら」なければならない状況に追い込まれて、データが損失した。襲撃されたのだ。一体誰に?
「わからないのです。手掛かりが無い。ただし、一つ言えることはこれは超能力者の仕業だろうということです」
な、なぜ?
「母のデータを完璧に失わせ、肉体も砂粒ほどの欠片も残さず完全に消した。そんな科学力を持つ人間はこの時代にいません。可能なのは、超能力者しかいません」
なるほど。データを完全に破壊し、プラスして肉体も消す。そんなことできるのか?
「データの損失は、千年以上隔たる時間軸を保護・凍結なしで移動させれば起こり得ます。それでも影も形も残らないほど無残にデータを消せるのはおかしな話です。ですが、肉体の消去はさらにあり得ません。体内コンピューターさえ残っていれば、母のデータは復活できたのです。犯人はそれすら見越して、体内コンピューターさえ残らないほど完璧に遺体を消去させた。燃やしたり埋めたりしても、そうはなりません」
そんなやばい超能力者がこの時代にいるってことなのか? おいおい。
「わかりません。さっきも言った通りなのです。痕跡は残っていない。母の手掛かりも一つとして残さずに犯人は全てをなし終えたのです」
ますます俺にできることが見つからない。できることといえば犯人捜しか。相手は超能力者なんだよな。だったら見つけられるかもしれない。
「今すぐできることは無いんだな」
「はい」
「なら、今度はお母さんの話を聞かせて。どんな人だったのか、知りたい」
「十年かかるか、二十年かかるか、まるで敵討ちです」は、戦前のコメディー映画『丹下左膳 百万両の壺』のセリフです。
合法なのかわからないですが、著作権が切れているのでYoutubeで全編観られます。




