二十七.燕の持ちたる子安貝(23) 4
「僕は君が気に入ると思って言ったんだ。冨田くんもいいのか?」
冨田は盛大に溜息を漏らす。
「石島よ、君は子供だな。現実の混浴なんてものは、お前が夢見るような女の子とキャピキャピイチャイチャが生まれるハプニング空間ではない。実際に混浴に入るのは地元のおばちゃんやオッサンくらいなものだ。肌を見せることを恥じらうような乙女はその暖簾の向こうにいないぜよ」
うんうん、そんな夢みたいなことが現実にあるものか。
「じゃあ二人は時間あっても行かないのか。面白くない」
翁川が苦笑した。ご期待に添えなくて申し訳ないが、
「興味は持てない。しかしだ」
そう言った俺は、冨田に目配せする。冨田は眼鏡を上げて頷いた。
「しかし、そんなけしからん場所があるというのであれば、俺たちが調査と確認に行ってやろうじゃないか。仕方のないやつらだ。問題ばかり持ち込みやがって」
「やれやれだぜ」と俺。
「結局興味津々じゃないか」
石島にツッコまれてしまった。バレた? 男たるもの一生に一度くらい女子と温泉を共にしたいよな。すき焼きをお腹いっぱい食べて(野菜嫌いの翁川の野菜を食べてやった)、ごちそうさまをする。食器を回収してもらい、布団は自分たちで敷いた。俺は石島く~んの隣でいいのかしら。女子に恨まれそうだ。
「僕、寝相が悪いから間違って殴り殺してしまうかもしれないからごめんよ」
冗談に聞こえないんだよな。俺は石島の隣の布団であぐらをかく。その反対は壁だ。向こうに冨田と翁川が寝そべっている。全然眠たくないのは、やはり交互に夢と現実を行き来しているからだろう。
「もう寝るんか? なら恋バナしようぜ! 恋バナ」
冨田が俺に覆いかぶさってくる。往ね。
「お前は福岡、翁川は佐奈子だろ。つまんねえ!」
「アイは?」
美月に決まってるだろう。だけど、どうもこのワンダーランドは、美月が禁句らしいからな。どう誤魔化すか。
「迷っているんだよなあ。深雪とは仲いいけど、面食い事件があるからなー」
周囲の顔色を窺う。やはり誰もピンと来ていない? 冨田さえ知らないなら、こちらの世界線では一昨年の後夜祭事件は無いことになっているのか。
「で、でもアリスとも最近よく話すからな」
「倉持ちゃんか。確かにアイとバスで隣の席に座れて喜んでいたな」
冨田がニヤニヤしている。ほお、やはり深雪とアリスが……。
「ちなみにミヨは? アララギミヨ」
部屋が静まる。この反応、やはりミヨと俺は関わりが無いのか。翁川はにっこり笑う。
「実代さんが好きなのはずっと石島だろ。訊かなくてもクラスメイトは知ってる」
ああ俺ね、ほうほう、やっぱりそうかふうんあいつまたそんな感じでバレバレの反応してクラスのみんなに俺の話を――え? 俺、じゃない、のか? 石島ってこの石島? イケメンで生徒会長で運動神経バツグンのこれ?
「実代さん、相変わらず押しが強いな」
石島は困り顔。こっちの世界ではミヨが石島を好きなのか。石島が好きだなんて俗っぽくて、普通すぎるだろ。そんなの、なんか変だろ。
「アイはみよりん気になるの? やめとけよあんな変わり者の美人なんか。全然ふさわしくないぜ。振り回されて捨てられるだけさ。石島くらい心の広い男じゃねーと」
冨田が笑い転げている。俺とあのヤローが不釣り合いだと。言ってくれるじゃねえか。ひとまず石島をこてんぱんにいじめてやる。プロレスじゃ!




