二十七.燕の持ちたる子安貝(22) 4
俺はアリスたちと別れ、部屋に戻った。雨戸が閉められた和室には行灯など目に優しい照明が目立つ。テーブルには料理が運ばれていた。すき焼き好き?
「好きー!」
浴衣姿の冨田が部屋の端に畳まれていた布団にでんぐり返しダイブする。今日の晩メシってすき焼きなのか。俺、嬉しくて涙が出そうだ。生きていて良かった。
「牛肉、しらたき、ねぎ、白菜、春菊、しいたけ、焼き豆腐、生卵~♪」
俺が踊っていると、冷たい視線を感じた。石島が俺と冨田のハイテンションを見ている。そう言えば同部屋だったー。仲のいい友人にしか見せない俺のおふざけ姿を見られただと。
「好きに過ごしていいよ。僕は気にしないから。相田くんが賑やかなのはいつものことだし。ただ早く食べないか」
それもそうだね。熱いうちに食べてしまおう。時刻は八時半。お前と食事するなんて珍しいから、一杯引っかけて腹割って語ろうや。座椅子が四人分あるので俺は石島の正面に座る。隣には冨田。もう一人の相部屋である翁川は?
「慶なら横にずっといるだろ?」
翁川は座ってスマホを触っていた。彼女の佐奈子と話してるのか。裏山だぞ。
「やあ、よろしく」
気配遮断スキルが厄介だ。翁川の「絶」に気が付くには修行が必要だぜ。それより食べようか。皆お腹が空いただろ。8時から夕飯って……食事の準備が遅いんだよ。
「では僭越ながら、冨田がご挨拶の音頭を取らせていただきます。世界のカワイ子ちゃんにカンパ~イ」
美月最高! それ以外の美女、最恐! 卵に甘辛の肉や野菜を絡ませて、一人一鍋スタイルを楽しむ。久し振りのすき焼きだ。今日何をしたのか、文系と理系で情報交換をする。相変わらず噂で聞くミヨは星陽の怪物だ。なぜミヨという女は、道の駅でジェラートを七段に積むんだ。
まあでも、男だけでガヤガヤ話すのも悪くない。いつも雪月花三人娘を中心に一緒なので、あまりこういう機会は無い。俺が冨田からどうやって肉を奪おうかと考えていると、石島は笑って何かを取り出した。紙のマップだろうか。周辺の観光施設が載っている。ここら辺にも色々あるんだな。温泉くらいしかイメージが無かった。
「ねえ、俺と慶が見つけた穴場があるんだが、聞きたいか?」
どーでもいいけど、冨田は聞きたい? 冨田は眼鏡を曇らせて頷く。
「なぜ聞かないという選択肢があるのだ」
石島の上から目線が鼻につくからだ。とりあえず聞くぜ。男二人でむさくるしく発見した穴場とやらを。
「実は石段をずっと上がって、森に差し掛かる所なんだけど。地図で言うとそこ」
石島が指差す所を見る。何も書かれていないように思えるのだが。
「そうなんだけど、実際に行ってみたら温泉があったってわけだ」
それがどうした? 温泉なんて数え切れないほど点在するだろう。客が少ないのか?
「慶、教えてやってくれよ」
「実は、そこ混浴だ」
コ、コココ、コン、コンヨック!
冨田はなぜか眼鏡が斜めにずれて愕然としている。
「嘘だろおい。徳川時代には江戸の町でも一般的だったが、明治以降近代化の影響で娼窟化の懸念や非文明的だという観点から批判され、風紀の取り締まりの厳格化に伴い徐々に禁止、今や最果ての伝統的な温泉でしかほとんど見られないというあの伝説の混浴温泉が存在するだと⁉」
混浴というのは、実際に衣類を身に付けず男女が同じ湯に浸かることが可能だということで合っているか。そんな夢のような場所がここにあるとは、浮世も捨てたもんじゃない。
「相田くんたちは興味があるかと思って。混浴に入りたくない?」
興味あるかと思って……?
「俺は無いね。温泉なら旅館にあるじゃないか? どうした石島。まさかお前、女性の肌を生で見たいから俺たちを誘おうとしているのか? ほーお、生徒会長様も落ちたものだ」
石島は箸を握って俺を睨んでいる。今殴られたらたぶん一発ノックアウトだ。




