二十七.燕の持ちたる子安貝(21) 4
「くっ、いっそ殺せ」
「いいのです、シュータさん」
美月は膝をついて立ち上がれない俺の手を取る。小さい手で包み込んでくれた。夜景のライトが美月の瞳でキラキラ光る。魔法がかかったみたいだ。
「私は、そんなシュータさんも嫌いじゃないです。王子様のシュータさんも、ヒーローのシュータさんも、おっちょこちょいのシュータさんも、全部シュータさんですから」
「美月……」
俺は決意を込めた。確かに背伸びすることも必要だけど、等身大の俺も美月に好かれるよう生きよう。美月に惚れてもらえるような。美月を見上げる。
「こんな駄目な俺だけど、明日からは変わるから。悪いところは直す。君に恥じない生き方をする。だから見守っていてくれないか? こんなことにならないよう注意はするけどさ」
「ええ、シュータさんのことずっと見ていますから。安心してください」
俺は手を取って立ち上がる。これで明日から社会の窓は安全だろう。二人で手を取って見つめ合った。美月は目を合わせると照れ笑いする。綺麗だよ、美月。
「愛してる。美月」
「……え、ええっと、私も、その、ほんとは、シュータさんを――」
すると、周囲から「おめでとー」「ヒュー」というような声とシャッター音が聞こえた。なんだろう、誰かがサプライズでもしたのだろうか? 見渡してみると皆が俺たちを見ている。何が起こったんだ?
「カッコいいぞ」「気が早いよ」「青春だね」「プロポーズだって」「すごーい」「あの子可愛い」「ステキ」という声が聞こえる。もしかして俺が膝から崩れ落ちていたから、片膝プロポーズに見えたのだろうか。しかもここってお城の真ん前。絶好のプロポーズスポット。あちゃあ。
「逃げよう美月、大観衆を勘違いさせちゃったみたい」
「は、はい。お騒がせしました!」
美月と俺は手を取り合ってその場を離れた。温かい視線に見送られる。高校生が頑張って彼女に結婚を申し込んだらしいと思っているな。すみません、実はもっとすごい大恋愛なんですよ。お城から離れ、走り続ける。流石にあの群衆からは抜けられた。ところがパレードの周辺は人が溢れかえっていて、走れなくなってきた。人が多い。
「あっ」
美月が声を上げる。右の靴を踏まれて脱げてしまったらしい。俺は美月を支える。拾って来るよ。俺が混雑を押し分けていくと、誰かが靴をスッと拾い上げた。それ、俺の愛する女の子の靴だ。こちらに渡してください。
「って、おい。石島かい」
「相田くん。僕から見ても見事なプロポーズだったね」
見ていたのか? 靴を拾ったのはイケメン元生徒会長の石島だった。石島は屈んで美月に靴を渡す。履かせてあげるらしい。よくも俺の目の前で。美月は恥ずかしそうに足を入れた。
「すみません、私の不注意で」
「美月は悪くないぞ。かかとを踏まれただけだろ」
美月が靴トントンをする。俺は溜息を吐いてイケメンの笑顔を見やる。石島は、
「あんな絵本から出て来たようなお姫様がいたら目立つよ。騎士のように跪いている相田くんも見えたから」
夜景と城をバックにした石島のイケメン力に圧倒されるが、俺は強がりで睨み、石島のみぞおちを指で突いた。
「おいこら、美月のこと追って来たのか?」
「僕はストーカーじゃないから。たまたま会っただけ」
そんなこと言って、午前中は美月と写真撮っただろ。美月はいいけど、写真を乞うたお前は許さないぞ。石島は困ったように笑う。
「あれはサッカー部の連中が美月さんに群がろうとしてたから、僕が牽制したんだよ」
「そういうときは相田周太郎というイケメンが美月の彼氏だから近寄るな、と言え」
「じゃあ次からそう言うよ」
本当にそう言われたら少し困るが、まあいいや。
「言っておくが、俺は美月に告白したからな」
「え、ええー⁉」
いつでも余裕綽々な石島らしくない反応。最初に聞いたときは全員この反応するんだよな。美月は「石島さんにまで言わなくてもいいのに」と恥ずかしそう。
「やっぱ好きだったんだな、相田くん」
「ま、まあ超好きだったよ。まだ返事は貰えてないけど、いつか聞ける」
「素直に憧れるね。独り身の僕には羨ましい限りだ」
「石島さんはいい人ですから、きっとお似合いの方が見つかりますよ!」
美月がむんと拳を握って励ました。美月のチアだ。光栄に思えよ。
「相田くんはきっと美月さんを大事にするよ。繋ぎ止める方が、案外大変かもしれないけどね」




