二十七.燕の持ちたる子安貝(18) 4
げっそりした体でファンシーなライドアトラクションを終えた。夢を行ったり来たりを繰り返すと体力が続かないな。こっちは卒業遠足で、テーマパークに来ている方だ。テーマパークの方が現実だったよな。んで、温泉の方が夢だったはず。混同してしまう。
「もう一回乗る! 美月、時間『遡り』なさいよ」
ミヨが美月に囁く。「もう駄目ですよ」と美月が焦って拒否する。そうだ、ミヨのせいで「俺&ミヨ」「俺&美月」ペアで二回乗ったのだ。もうええわ。
「てか何時だ。そろそろ8時すぎ……?」
施設の中から出ると、蒸した暖かい空気を一身に浴びる。茜色の雲が立ち上っていて、照明が灯り始めている。8時じゃない。4時半だ。
「まだ夕方ですよ。シュータさん」
「そうみたいだな。5時に入り口に集合するんだっけ。解散式があったはず」
「そうよ。その前にお手洗い行きたいわ」とミヨ。
「連れてってやろうか」
「ひとりでできるもん」
「迷子にならねーか心配してるんだよ。俺もついでに行く」
「美月も行きます」
他のメンバーを先に行かせ、三人でトイレを探して用を足す。俺は頭がまだぼんやりしている。夢での出来事は逐一覚えていた。けれど、思い出そうとすると頭が重くて、ズキズキ痛む。思い出せないわけではないが、たぶん脳が混乱しているのだと思う。ぐるぐる。
解散式は形ばかりだ。点呼を取って安全になるべく早く帰れと言われる。俺たちは恐らく閉園近くまでここにいることになるから、あまり関係ない。むしろこれから美月とデートをするので、言ってしまえばここからが本番だ。お姫様をどうエスコートしようかなと一カ月くらい悩んだ。
「シュータ!」
ミヨが二組の方からスキップでやって来た。くっ、恥ずかしい。最後は大走り幅跳びで四メートルくらい跳んで急接近。俺のクラスメイトたちがドン引きしている。俺といえば、せっかく体育祭の実行委員でコツコツ真面目に働いて信頼を勝ち得たのに、一瞬でヤバいやつグループ認定されてる。人生あほくさ。
「#みよりんとデートしてみた、どう?」
「お断りします。美月さんという女性とデートがありますので」恭しく断る。
ミヨは無言で5秒静止し、腕を組んだ。
「いいわ。色んな葛藤を乗り越えて『いいわ』と言うわ」
「ありがとう」
「でも、7時にはパレードが始まるから集合ね。場所は追って連絡するわ。楽しんで」
ミヨはプイっとターンして行ってしまった。パレードがあったな。あと二時間あるわけだし、それまでゆっくり過ごそ。
「美月~。お待たせしたな」
「シュータさ――あ、」
美月が口元に手を当てる。何かに気付いた? どうしたのだろう? 俺が尋ねようとすると深雪が背中をどーんしてきた。美月と正面から接触。ふくよかな部分がエアバッグになって助かった。
「アイくん、約束通り応援してあげます。パレードで待ってる」
指輪を見せつけて深雪も友達の所へ。邪魔が入らなそうという点では安心だ。胸を撫で下ろす。美月が少し身構えて緊張している。俺は手を差し伸べて、
「美月、今くらいは素直に甘えていいぞ。さあ行こう」
美月は「で、では行きましょうか」と手を取る。ユリの事件以降、学校行事もなく、こうして二人きりの時間も無かった。俺は楽しみにしていたのだ。美月はハラハラする様子で俺に付いて来る。頼りないかな。
暗くなってきた園内で、望みのアトラクションへ向かう。その道中のことだ。
「シュータさん、予定を変更してスリラータワーに行きませんか?」
スリラータワーと言えば、恐怖のフリーフォールが体感できるアトラクション。もう少し優雅な乗り物に乗るのではなかったのだろうか?
「そこなら薄暗いですし、皆さん前を向いているし……」
まあそうだろうな。美月はハッとする。
「そ、それはですね。ドキドキしたら距離も自然と縮まるのではないか、という作戦です」
美月は架空の眼鏡をくいっと上げる。流石、美月先生だ。恐怖の吊り橋効果を狙うってことだな。そういうことなら早速行こう。
キラキラして音が溢れる空間、非日常の世界で美月と手を繋いで歩く。こんな綺麗な子と一緒にいるだけで夢のようなのに、この子は偶然に出逢った未来人だ。ここにいるだけで奇跡と言ってもいいくらい。




