二十七.燕の持ちたる子安貝(16) 4
冨田と隣に座っている。冨田は銃を手にしながらワクワクしてそそっかしい。俺たちはライドシューティングのアトラクションに乗っているが、隣が冨田だ。ふざけるな。
「何だよアイ。俺たちで仲良く高得点出そうじゃないか! 女子ーズに褒められたいだろ?」
くっ付くなよ。肩を組んでくるしつこい冨田を押しのけて、俺も銃を握る。本当は美月とキャッキャ言いながら一緒に回りたかったなぁ(涙)。
「ちょ、アイ。本気で泣くなよ。後でいくらでも時間あるからな」
「気持ち悪いからちゃんと慰めんじゃねえ」
「ようし、スターティン」
薄暗い小屋の中で激しい音楽が流れ、レーザー光線や標的のライトが光る。俺と冨田はヤケになって本気で的を狙い撃つ。高得点出して、ミヨに白目をむかせてやろう。さあ来い悪の軍団。俺たちの戦闘力は合わせて106万だ!
「アイよ、俺たちはなかなかいい相棒になった気がしないか」
「は? 聞こえん」
「聞こえておけよ。なんつーかだな、三年間でこれまで仲良くなれた男はお前が初めてだ」
おう、いきなりなんだ。映像が流れる途中の休憩地点で、冨田がキモイ空気で話し掛けてきた。お前のこめかみ撃ち抜いてやろうか。おら。
「やめろ……? ちょっとアイ。後頭部にレーザー当たってないか?」
冨田が俺の頭を指差す。後ろから誰かに狙われてるってことか。俺が後ろを向くと目にレーザーが当たった。眩しいな。後ろのコースターに乗っているのって、
「なんで深雪」
深雪が無言で俺の後頭部にレーザーを照射していたらしい。じいっと睨まれていた。そんな恨まれるようなことしてねえっつーの。隣では美月がドギマギしながらアトラクションを楽しんでいる。
「アイくん、チャラ田くんとイチャつく時間あるなら私とやって!」
やらぬ。そう言えば夢の方でも、深雪と冨田はずっと出演してくる。なんか共通点あったかな。なんて考える暇が無いので後で考えればいい。
「お前ら、アイちゃんに背中から刺されるぞ。誰もいませんよって」
「できればそんなバッドエンドルートは回避したいね」
俺は一発深雪の眉間に撃ち込むことで溜飲を下げた。
アトラクションを出て、ひとまず休憩をとることにした。屋外の丸テーブルを囲んでスイーツを食べる。俺はなぜか深雪に首根っこを押さえられているが、ゆったりとした平穏が戻ってくる。騒がしい場所は苦手なのだ。ちなみにシューティングゲームは俺と冨田ペアが高得点を叩き出した。
「わはひ、シュークリームが好きなのって、子供の頃からだわ」
ミヨが生クリームをこれでもかと口にはみ出させながら、シュークリームにかぶり付く。言っておくけど、俺は取ってあげないからな。美月のお子様カレーを拭き取ってあげたのは、彼女自身が気付いてなかったからだ。
「自分で拭けるわよ。私、シュークリームが好きだから、あんたに『シュータ』ってあだ名を付けたのかしら?」
「…………知らん!」
別に興味ないから。ミヨは「それならシュータリームか」と悩んでいる。早くクリームを拭け。この水辺のテーブルからは園内の様子がよく見える。アトラクションの音楽が耳心地良い。俺はあくびをして背もたれに寄り掛かった。
「ところで俺はある問題を抱えている。それについて共有したいのだが」
いちごソフトに舌鼓を打っている冨田たちは別にして、美月ミヨ深雪が振り向く。美月はワッフルクリームを両手で食べている。リスみたいで可愛い。
「訊きたいんだけど俺、今日ぼうっとしてねえかな?」
ミヨがパーンと俺に猫だましをした。何の抗議でしょうか。
「大丈夫? あんた、いつもぼうっとしてるのよ……」
自覚はある! そうじゃなくて平時より一段とぼうっとしたり眠ったりしてないかなって気になったんだ。それについて何か知らないでしょうか。
「シュータさんは授業中もしょっちゅう舟を漕いでいらっしゃいますし、特別今日が変わった様子だとは、美月思いません」
そうか。美月は頷く。俺はおしぼりでミヨの口元を雑に拭きながら深雪を窺う。
「アイくんは授業でいうと、大体五時間に二回くらいのペースで眠るのね。統計だと」
どこで取った統計だ。口元が綺麗になったミヨの満足顔を見て、俺は椅子に座り直し脚を組む。
「別に変じゃないと思いますけど、楽しい卒業旅行の態度にしてはなー」
深雪は首を傾げた。やはりおかしいよな。俺は居眠り大好き人間だけど、行事の途中で寝ない。
「シュータちょっとお疲れ気味よね。何かあったの?」
ミヨにシュークリームを一口貰い、飲み込む。クリームがたっぷり……。
「うま。えっと少し変わったことが起きてて、眠ったとき夢を見ているんだ」
「全然変わったことではないと思うのですが」と美月
「いや、それが妙にリアルな夢なんだよ。連続性があって、合理的で辻褄も合っている。前後の関係や脈絡もしっかりしているんだ。何度中断しても必ず復帰する」
眠っている間に、シュミレーションゲームでもプレイしているような気分だ。
「んー、確かに連続性があって具体的な夢って普通見ないわよね」
ミヨが難しい顔して首を傾げる。美月が思い出したように、
「でもみよりんさん、夢の中で好きな人と結婚するとき――」
「わあー‼ それは違うのっ! よち、よち! 黙ってなさいバカ美月!」
おい、美月にバカって言うアホがあるか。可哀想になあ、よしよし。ぐすん、と落ち込んだ美月を慰める。よちよち歩き? ミヨは何をわめいているのだ。
「でもとにかくアイくんは、変な夢を見るんだね。内容は?」
「星陽高校で勉強合宿の温泉篇だ。温泉宿まで行ってそこで勉強したり、付近を出歩いたり。んで、一番変わった点はアリスが登場することだな」
その名を口にすると、三人は一様に驚いた。
「アイくんの言うアリスって、もっちーのことだよね。倉持有栖」
そうだな。あのアリスが夢に出て来る。しかも仲良さげ。
「なんでシュータがもっちーの夢を見ないといけないのよ」
それは俺もわからねえ。アリスのことで悔やんで忘れられない気持ちはずっと持っていた。だけど、今になってアリスと夢で交流したいなんて思うわけない。何か異変が無かったかと思ったんだけど、特に無いか。
「そうね。少なくとも私は知らない。あ、シュータ。またクリームついた」
「まったく、綺麗に食えないのかよ。舐めてやろうか」
「や、やだ、そんな! する前に訊かないでよ……」
ミヨがうるさいのでゴシゴシたわしのように頬を削っておく。深雪は苦笑い。美月はワッフルを見つめながらぼんやりと何かを考えている。そういや、冨田たちは?
「このソフト、イチゴの甘みが目立つけど、実はベリーソースの酸味が美味しいんだよ。カラメルの甘みを抑えて食べ進めやすくしてる。ナッツを砕いて入れたのも正解だね。パリパリのコーンより滑らかな食感を維持できるから味の邪魔をしていない。同じ系統のいちごソフトを春季限定で出すコンビニもあるけど、ここまで味の重層感は出せていなかった。およそ二倍の値段は張るけど、充分満足できる設計だね」
福岡がイチゴソフトに的確なコメントを残して、冨田と片瀬を絶句させている。福岡ってテレビのリポーターでもやりたいのか?
「ううん。レストランとかデパートのメニュー開発したい」
とてもいいと思う。




