二十七.燕の持ちたる子安貝(14) 5
時間の感覚が狂ってきた。夢では一日が終わろうとしているが、こっちではまだ昼の二時だ。レストランを出た俺たちは移動し、シューティングゲームができるアトラクションの列に並んでいる。外にいると少し汗ばむ陽気だから早く室内に行きたい。
俺は結局またカチューシャを被せられ、美月に微笑まれながら時間を過ごしている。――たぶんそういう状況だよな? レストランを出てからぼんやりしているもんでさ。
「シュータさん可愛いですよ。写真撮ってあげます」
リボンカチューシャ美月がスマホを構えている。俺はカメラを手で覆った。
「可愛くないよ。美月の方が一千万倍可愛い。見とれているうちに百年過ぎてしまいそうだ。誰にも渡したくないその笑顔。愛している」
「や、やめてくださいよ。う~、シュータさんが面倒臭いです」
美月が下唇を噛む。美月が可愛くて好きなのは本当だ。一年経って顔立ちも大人びて、ますます美人になった。ところでいつになったら二人きりにしてくれるのだろう。昼を食べたメンバーがそのまま集合している。深雪はずっと俺の右肩にぴったりくっ付いているけど、俺たちはずっと一緒に行動するのか。
「なに、嫌なの?」
「嫌ではないです。でも、離れろよ」
深雪はぐいっと詰め寄ってくる。近いし、当たってるんだよ。
「意識してるの? アイくんのヘンタイ」
「お前、変態って言いたいだけだろ! どう勘違いされているか知らんが、俺は別にヘンタイと言われて喜ぶ趣味は無いぞ」
深雪は「そうなんだ……」と驚いている。何のリサーチが入っていたのやら。
「美月さんもアイくんとデートしたい?」
「はい、少し」
素直に美月も認めた。二人で色々考えたもんな。どこに行きたいとか。俺は美月を日陰側に引っ張ってから深雪に向き合う。
「だから時間くれよ。お前らと過ごすのも楽しいけど、デートもしたいんだ」
深雪が悔しそうに俺を殴る。殴るな。気持ちは承知しておりますけど。
「まあでも、美月さんには借りがあるから協力する! 副会長の私、責任感あって偉いなぁ。察しがいい親切な男子に褒めてもらえたらもっと頑張れるのになぁ」
深雪が髪を押さえてチラチラ俺を見る。はぁ。
「可愛くて気が利く副会長で良かったー。俺も幸せ者だなー」
こんなんでいいのだろうか。深雪は頷くと、美月の正面に回った。
「美月さん、夜アイくんと二人にしてあげるから楽しんでね」
「は、はい。そうします」
美月は気圧されて後ろによろけた。深雪はじっくり美月を見つめる。
「そうそう、忘れてた。実はこれなんだけどね、ふふ」
深雪は指をかざしている。何がしたいのだろう。太陽の光に当たると何かがキラリと反射する。指輪だ。しかもなぜか薬指につけている。
「み、相園さんそれはどこで……。まさか他に良い方が」
「これはアイく――ごめん。聞かないで」
深雪は口を塞いで俺の後ろに引っ込んだ。美月は大ショッークという感じで石化している。俺はやっと事の重大さに気が付いた。
「いや、俺が指輪を贈ったのは事実だけど――」
「本当なのですか……え?」
「せがまれて渡したが、薬指には付けてねえ。ややこしくするな」
「アイくん酷い」
なんでそうなんだよ! 美月は、結婚指輪を深雪に贈ったと勘違いして卒倒寸前だしよ。深雪のヤツめ。許さん。――ん?
「待った! こういうとき騒ぎそうなミヨがやけに静かだなっ」
嵐の前の静けさだ。静かだと、大体次にミヨは突拍子も無いことをし出す。ミヨを探すと、先頭で普通の声で話していた。普通の声量で話している、だと……?
「ミヨ! 具合悪いのか。医務室行こうか。おんぶするから、遠慮するな」
元気だけが取り柄のミヨがうるさくないということは、大病かショックな出来事があったのだろう。ミヨを振り返らせると、けろっとした様子で「何よ」と言われた。あれ?
「お腹痛いとか、親が危篤とかそういうわけじゃないんだな」
「別に普通よ。シュータこそ女の子に囲まれて疲れてない? 少しやつれ気味よ」
ミヨは両手で俺の襟を直してくれた。ありがと。俺の異変に気付いてくれたか。夢と現実を行き来するから実は疲れてきた。顔には出していないつもりだが……。坂元がネクタイを結び直すミヨを眺め、微笑んだ。
「相田くん、大学生になったらみよりんと同棲するんだって? 聞いたよ」
「しない。ミヨが勝手に妄想を語ってるだけだ。俺もコイツも大学落ちたら駄目なわけだし、一人暮らしはミヨの親が実際に認めるかわからない。東京の大学に決まるとも限らないからな。来年の話をすれば鬼が笑う」
冷静に却下する。ミヨが勝手に夢を見ているだけ。
「こんなときくらい冗談で返してくれたっていいのに」
ミヨはつまらなそうにネクタイを締めた。苦しいです。なぜミヨとまでつんけんしなければならないのだ。坂元は肩を掴んでジャンプしてくるしな。ちょ、しんどいてお前ら。深雪と美月からも呪いの目を向けられているというのに。
「ミヨはなんでへこんでるんだ!」
「しょ、しょうがないでしょ。シュータが美月のこと好きなんだもん」
なぜお前は俺に好かれると勘違いしているのだ。一度でも俺に気に入られるようなことしたか? この図々しさに足を生やしただけような子が。
「いいからお前は気にすんな。お前が静かだと面倒で」
「でも、私と同居すんの嫌なんでしょ。別々の場所がいいんだ」
ミヨが「ねえ?」と目を覗き込む。俺はミヨにカチューシャを移した。黒髪から生えているように見える。おー似合うぜ、ネズミの耳。
「ほら、似合う。まあ、なんだ。ミヨが望むならどこでも行けばいいさ。だが、俺は、たぶんミヨがいなくなったら、一カ月くらいへこむかも、しれない」
「シュータさん、プレゼントお好きなんですね。女の子に送るプレゼントが。いい笑顔です」
美月が淀んだ目でカメラを構える。や、やめて美月。きちんと弁明するから。俺は溜息を吐いた。




