二十七.燕の持ちたる子安貝(12) 5
「サウナは浄土」
「シュータさん? ボケっとしてます」
気が付くと俺は美月の正面に座っていた。ここは前々から予定していたレストランだな。同じテーブルにはミヨと冨田もいる。後ろには福岡、片瀬、坂元、深雪もいるのか。つまり無事合流して昼食にありつけたみたいだな。
こっちは13時となった。賑わう洋風の店内では、瀟洒な装飾や上品な音楽のおかげで雰囲気がいい。柄にもなく高級店に美月をお連れした気分だ。
「シュータさんってば、目隠しゲームのことでみよりんさんと喧嘩して。お二人は仲良くしてもらわないと私たちが困るのです。そうかと思えば、レストランに入ってからぼうっとしたままですし……」
ごめんな。正直レストランに入るあたりの記憶が無いのだが、美月お嬢さまを楽しませられなかったのは罪深い。
「シュータ、このごろ自意識強すぎなのよ」
ミヨに悪態つかれた。本気で俺も美月の王子様になったとは思ってねーぜ。ホントに。冨田が「嘘だぜきっと」と笑うので肘で突いた。そのとき、料理がウェイトレスさんによって運ばれて来た。カートに乗ったものが俺たちに配膳される。
俺が頼んだのは型抜きの可愛いニンジンが付いたデミグラスハンバーグだった。美月は星型のチーズで彩られたお子様カレー。
「お子様じゃありませーん! 大人さまスープカレーです」
「『お星さまスープカレー』でしょ」と冨田は苦笑い。
ミヨにはクリームパスタ。冨田はデカ肉。向こうのテーブルにも料理が届いて食べ始める。海賊みたいに愉快な食事だ。そうだ、午前中の思い出を聞きたいな。美月と福岡たちはどこに行ったの? 美月はカレーを口の端につけてスマホを持ち出した。
「写真を見せますね。ホラーハウスの写真は送りましたよね。えっと」
美月が写真をスライドした。途中でチュロスを食べたり、福岡の写真を挟んだりしてスクロールする。たくさん写真撮ったんだね。――ん?
「あ、これです。空中ライドのときの」
美月とグループのメンバーが同じポーズで映っている。いや、これじゃなくてな。
「この何枚か前の写真見せて」
「どうしてです?」
美月は首を傾げた。俺は流石に可哀想になったので、ナプキンで美月の頬を拭いた。美月は「む」と恥ずかしそうにする。ミヨは含み笑い。
「さっき、なんか変な写真なかったかな。見間違いならいいんだ」
「これですか?」
それだ! 美月が石島とセルフィーツーショットを撮っている。美月の激カワカチューシャ触覚と、石島のイキりポンチョはこの際置いておくとして、だ。
「なんだこの写真」
「な、なんだとは何でしょう。石島さんのグループと会ったのです。そこで私と写真が撮りたいと仰られたので、二人で撮ったまでですが……」
ほ、ほおー。まあいいんだけどな。
「アイ、笑えてねえぞ」
表情筋が引きつってしまう。いや、確かにこの写真は国宝級に美しい。イケメンと美少女。いや素晴らしいがどうだろう。これはどうなんでしょう皆さん。
「なに相田騒いでるの? 黙って食え」
片瀬にヤジを飛ばされた。見ると福岡も頷いている。俺は口うるさくて束縛が強い彼氏気取りなわけではない。ただ単に心配なのだ。
「石島さんと仲良くしたら嫌だったのですか……?」
美月が取り返しようのない間違いを犯したのかとビックリする。いや、いやそんなつもりじゃないんだけどな。別に怒ってないし、ショックでもないんだけどな。
「逆説が多いわよ」
ミヨに指弾された。その通りだけど……。俺は気まずくなってハンバーグを頬張る。ほふほはほひ、ふふほはひふふはー。ミヨが俺を挑発的に見つめた。
「ハ行で喋るなシュータ。でもー、なんかこれってぇ、お似合いのラブラブカップルショットじゃない? 石島くんと美月って、みよりんを別にすれば星陽高校が誇る美形だもんね。憧れちゃうな」
は、はあ? 大体何なんだよこの写真。石島が撮りたいって言ったのか。あいつ、澄ました顔しながら実は美月のこと結構気になってるからな。下心あるに決まってる。
「石島くんに限ってそれはないよ。彼は全員に平等な紳士だから」
坂元にナイナイと否定される。お前らが知らないだけなんだよ。信じてもらえないとは世間も残酷だ。権力を隠れ蓑にしやがって。少なくとも女子は殴らないけど、男子は殴ってOKみたいな差別を公言している男だぞ。くっそ、マッシュルームを噛むことしか俺にはできない。もぐもぐ。
「わ、私は別に石島さんとラブラブのつもりじゃないですけど」
美月はカレーを頬張りながらぼそぼそ呟く。俺は「けど……」という逆説が気になる。逆説は良くない。悪しき文法。
「俺も佐奈子とさっき触れ合ったから文句言えないんだが、これ石島と肩組んでるよな」
「石島さんが手を回しているだけだと思いますけど」
「けど」が気になるんですケド。
「あー、石島出て来いあのヤロー! われ可愛い美月のことたぶらかしたんじゃ、絶対許せん。くっそもうこうなりゃせろーてると思われてもいいじゃけ、ツラ貸せゴルァ!」
俺の嫉妬心が爆発した。テーブルをバンと叩くのを見て、ミヨが立ち上がる。
「お行儀悪いからやめてよ、みっともないわね。警備員さん来るわよ」
「俺は美月が好きなんだよ。好きな人を奪われそうになったら怒るのが人間のサガだろ」
冨田には「おいおい」と溜息を吐かれる。水を飲んで頭を冷やす。冷静に。
「シュータさん、軽率でした。ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。俺も大人げなかった。翁川みたいに太平洋よりも広い心でないと、長続きしないよな。いつもは立場が反対なわけだし。すまなかった」
頭を下げる。ちょっとムキになった。石島のことを勝手にライバル視しているのは俺だけだから、気にしなくていい。
「そ、そうじゃなくてですね!」
美月が慌てたように止めに入る。俺はハテナを浮かべて美月を見つめる。
「私にとってもシュータさんが一番……。一番大切な人なんですから、もう心配させないくらい、きちんと態度で示しますよっ」
それはどうも。これからも末永くよろしくお願いします。
予告です。四月下旬に、5章が完結です。
6章も半分まで書き終わってます。




