二十七.燕の持ちたる子安貝(11) 2
意識が明確になったときには、畳敷きの宴会場であぐらをかいていた。背中を壁に預けている。恐らくだけど、夢の方だよな。卒業生のリモート講演や、クラスごとに部屋を分かれて行った、進路計画表作成などを終えたのだと思う。俺の手元には志望大学や、入試方式、学習予定などが書き込まれたプリントがある。周囲を見渡すと、冨田やアリスが談笑していた。
「おい、終わったのか。これ」
「あ、アイくん起きたんですけど」
深雪が視界に入って来て頭を紙筒でぶった。痛いナリ。
「早く終わったのがいいことに眠ったりなんかして。真面目にやんなさい」
「すまん、夢の国に行ってた」
それは事実。クラスメイトたちは俺が眠っていたところを目撃したようだ。まあ、これが終了したら、本日は温泉入って寝られるんだろ? 最高じゃないか。ガッツポーズだ。
「聞き逃してたかもしれないから教えるけど、温泉出たらしばらく自由行動だって。そのあと部屋で夕食。旅館の近くを散策していいみたいよ」
「マジか。超遊べるじゃん。ありがと深雪」
「遊ぶことしか考えてないんですけど。駄目だこの人」
深雪はやれやれと会場を出て行ってしまった。俺も立ち上がって付いて行く。そろそろ自室に戻るか。アリスも来るだろ?
「あ、うん。今行きます。でも五組がお風呂に入れるのはまだ先では?」
へえ、お風呂は交替制なんだ。旅館の大浴場で入れるのか? そりゃそうだよな。俄然ワクワクしてきた。
「シュータくん、変な顔。女湯覗かないでよ」
あほ。覗くのは冨田であって、俺ではない。アリスがクスリと笑うのを見て俺は安心した。夢でもアリスとこうして会えるのは不思議な気分だ。すごく現実感がある。平凡で普通な学校生活という感じがする。
俺は冨田と暢気に話しながら部屋まで戻った。部屋には石島や翁川の姿は無く、どうも温泉に入っているらしい。冨田とペットボトルのサイダーを開けてコップに注ぎ、乾杯を交わした。浴衣やタオルなど入浴セットを準備して待つ。窓の外は暗くなってすっかり夜の雰囲気が漂っている。
テレビを観ていると、チャイムが鳴って先生に温泉行って来いと言われた。俺たちはウキウキでエレベーターを降り、ロビーを歩く。向かいから火照った頬に、お揃いの赤や青の浴衣を身に纏った生徒たちが戻って来ていた。
「あそこにいるのは、ユミちゃん! 髪をまとめているのが可愛い。陸上部の久子さんのちら見えする色香も素晴らしい。カホちゃんもいないかなー?」
チャラ田を発揮しているな。確かに普段から見かけない女子の浴衣姿は、目に薬。俺は心に決めた美月がいるけど、そうじゃない男子は目移り必至だ。って、待て。お前にも福岡という彼女がいるのでは?
「お、岡ちゃんはここにいないだろ……?」
「いないと思うぞ。いなくても俺が後で教えておいてやるよ。冨田が女子をまだ完璧に覚えていたってな」
冨田は「よしてくれよ~」と俺に縋る。さてさてどうしようか。親友だから黙っておくのもいいが、あえて話すことが冨田の為になるか。俺たちが温泉の前まで来ると、右に「男」左に「女」という暖簾を発見した。俺は男だから、左に行けばいいんだな。
「そんなこと言ってると、アイちゃんに言いつけるぞ」
「なんで深雪」
冨田が笑っているのを横目に「男」の暖簾をくぐろうとすると、中から背の高い人物が登場した。おお、さっき会ったから覚えているぞ。二組の翁川だな。同部屋だという。
「ああ、相田くんか。えっと元気なんだよな?」
妙に切迫感があった気がするけど、何かあったのか? 翁川は塩顔のまま手をあおいで「何でもないよ」と誤魔化す。
「サナを見なかった? もうそろそろ出て来るはずなんだ」
「小野さんね。チャラ田たる俺のセンサーが反応していないってことは、まだじゃないかな」
「いるよ」
うわ。いつの間にか横に佐奈子がいた。いつも綺麗なカールを描く茶色の髪がストレートに左肩に載っている。浴衣姿も美しい我らが佐奈子だ。
「相田くんたち、今から入るの?」
「そうだな。ほら、慶がいるぞ」
佐奈子は口元だけニッコリさせた。仮面のような表情だ。こうして見ると、夢の方の佐奈子は少しだけ表情が硬いのか。最近の佐奈子が感情を表に出すようになったとは気が付かなかったけれど、最初に会った頃はこんな風だったかもしれない。そっか、佐奈子も呪いの能力のことで少し変わっているんだな。
「じゃあね。私たち、お散歩してる」
「お、おう。あの訊きたいんだけど、ミヨいる?」
「みよりんは部屋に戻ってる」
カラスの行水め。すれ違いっぱなしじゃないか。まあ俺たちも温泉入ろうか。
「アイ、だからそっち女湯だぜ」
お、そっかー。しょうがないな。露天もサウナもジェット風呂も満喫してやる。




