二十七.燕の持ちたる子安貝(10) 6
12時半になり、アトラクションを二個終えた我らのグループはサヨナラを言って別れた……らしい。二個目のジャングルツアーズのときの記憶が曖昧だ。たぶんアリスとの夢を見ていたのだ。でも深雪たちとも普通に会話できていたようで、無意識的に反応できていたのだと思う。
今は美月と福岡を待って、レストランの前に来ている。事前に集合場所としてここを指定していた。深雪と片瀬も同じ場所にいる。
「温泉、楽しみだなー」
「アイくん、ここに温浴施設は無いですけど」
深雪に独り言を聞かれた。ちょっと盗み聞きしないでください。
「はぁ? いつも私に聞こえるように独り言を言うのが悪いんじゃん」
「嘘だよ。別に気にしてねーし。いちいちリアクション取るのが面白くて」
「何そればか」
深雪がショートヘアを撫でてそっぽ向く。深雪には好かれているのだか、嫌われているのだかわからんな。すると、いきなり視界が真っ暗になった。着ぐるみが深雪の後ろで闊歩しているのを見たのが最後、俺は視力を失ってしまったのかもしれない。最後にこの目は美月を見たかっただろうに。なんてことだ。
「だーれだ? 当てたらご褒美」
うん? 目を塞がれただけか。さて誰だろう。声を聞き分ける能力はあるつもりだ。しかし声音を変えてきたな。俺の記憶には無い大人っぽい声。女性なのは確かだ。
「えっと、声の主は手の持ち主と同じだよな?」
「そうですよ。ほら、わかりませんか?」
可能性として一番あり得るのは誰だろう。ここで約束していた美月? 美月がこういうイタズラをするかな。福岡の仕込みならあり得る。まさかこれは美月が俺に愛を試す試練を与えているのではないか?
「み、美月だとすれば、これは間違えるわけにいかないな」
「そう。愛している人を間違えるなんて失格です」
逆に考えてみよう。美月が俺を試すために、別の女子をけしかけている可能性。充分にあり得るだろう。だとすれば福岡、片瀬という線は無いか? 片瀬の手は大きかった気がする。人を殴るため――もとい水泳で水をかくときに有利なのだ。水泳部のエースの片瀬はこんな繊細な手ではないだろう。
「痛いな、殴るな」
体の正面の方向から殴られたので、片瀬は別にいることが判明した。この手は福岡か? よし触ってみよう。俺は無言で突然目隠しの手を掴んだ。
「あ」
それだけ。やはり大人っぽい少し低い声だ。福岡の声は高いし、俺に手を握られたらキョドってしまうはず。つまりこの手は福岡でもない。他にこの場に来ている可能性のある女子は誰だろう? ミヨとも合流する手筈になっている。つまりミヨではないか?
ミヨは一度だけど、俺に誰だゲームをやってきたことがある。そういう遊びは昔から好きだもんな。ミヨのイタズラ……あり得るぞ。午前中は俺と別行動になって寂しがっているだろうし。ふーん、ならカマをかけてみよう。
「ミヨ、ミヨ聞こえてるんだろ。俺さ、ミヨにお土産買ったんだ」
ガタガタと足音が聞こえた。背中側だ。怪しいな。
「ミヨ、後ろにいるのは間違いないな?」
「え、ええ。よくわかったわね」
わざと耳元に近い所で言われる。これじゃ手の持ち主かどうかわからない。いや、
「どうせ変なキーホルダーだと思ってるんだろ? 俺はカトラリーを買ったよ」
「なにその意味不明な外国のお菓子」と耳元。
「お菓子じゃねえ。スプーンやフォークなんかが入った食器具だよ」
沈黙が訪れた。なぜそんなものを買ったのだろうという反応だろうか。ここからだ。
「大学生になったらさ、一人暮らしするだろ? そのとき同じマンションに住む約束したじゃん。だから、同じ食器使おうぜ。プレゼントするから」
「みみ、みんなの前で言わにゃいでってばぁ!」
声が離れた。じゃあミヨでもないんだな。もうこうなったら美月しかいない。これが愛の力かどうかわからないけど、見分けられたよ。さあファイナルアンサータイム。
「いや待った。ミヨがいるということは、坂元もいる。でも坂元でもないな。坂元は爪を伸ばしていたけど、触った感じじゃ爪は長くない」
うん、心は決まった。美月しかいないのだ! 俺は振り向く!
「愛してるぜ、み……」
「私を選んでくれてありがとう。相田くん」
あれぇ。俺の背後には、ケモ耳パーカーを被った佐奈子の姿があった。佐奈子という可能性もあったか。どうして失念していた。そう言えば、「愛している人を間違えるなんて失格」という風に言っていたが、愛しているなんて躊躇いもなく美月は言えないだろう。くそ。
「うわ、サイテー。そして私の存在に気付いてくれてベリー感謝、相田くん」
坂元がニヒヒヒ笑っている。ミヨはあたふた。佐奈子、間違えてごめん。
「相田くんの愛を感じる」
サナちゃん? 佐奈子にケモ耳パーカーハグをされた。ふわふわで幸せ――と同時に理性が語りかけてくる。何しているんだと。
「おい、佐奈子! 深雪も見てるし、片瀬もいるし、ミヨの目の前だぞ。離れろ」
「赤くなってんじゃん」
いや、そりゃ佐奈子は美人だから緊張するよ⁉ でも俺には美月がいて、お前にも彼氏がいるじゃないか。からかってるんだろ。面白がってるだろ。
俺が戦々恐々として辺りを見ると、まず意外な人物を視界に捉えた。綺麗な苦笑いを浮かべる、背の高い男子生徒。明らかに誰かの意向で買わされたであろう可愛いポップコーン容器を肩に提げている。印象に残らないこの顔は――
「き、君、誰だっけ? あ、佐藤」
「翁川慶だよ」
そう、翁川くん。佐奈子の彼氏サマ。マズいんじゃないのか、佐奈子さん。すると平然と八重歯を覗かせて微笑んだ。得意のキラースマイル。俺はえい、と押しのける。
「すまん、翁川。こんな展開になるはずじゃ……」
「完全に浮気者の科白じゃん」と深雪の的確なツッコミ。
「大丈夫だよ。サナも本気じゃないんだろ」
大丈夫ではないと思うのだが。余裕なのか、鈍感でアホなのか……物静かで伝わらん。俺はとにかく翁川の肩を掴んで必死に謝った。たぶん許してくれたと思う。
「慶は私のこと信用しているの。相田くんに抱き付くくらい平気」
そ、そうなの? 佐奈子はコクンと頷く。
「私、舞台の上なら肌を晒すことだってやぶさかではない」
女優魂は流石だと思いますけど、カレシとしてはヒヤヒヤものだ。相当肝が据わっていないと務まらないだろう。尊敬します、翁川よ。
「ところで、佐奈子とハグした俺にミヨが怒って火山を爆発させると思ったんだが、ミヨは静かだな」
ミヨは斜め掛けのバッグのベルトを掴んでもじもじしている。トイレ?
「シュータ。皆の前で、一緒に住む計画のこと、言わないでよ……」
しおらしくなってるー。デレの部分を出すのは絶対今じゃないだろ。
ハルヒの新刊読みました。みくるちゃんが、ただのポンコツキャラになってしまったのが解せぬ。
前半は何だかよくわからずドタバタして、後半はSFチックで面白かったですよね。
量子論の下りは、『みらいひめ』とも考え方は似てるんですよね。時間の捉え方がちょっと違うんですけど。
早く続巻が読みたいけど、書き下ろしが半分でも五年くらい間が空いたんで、まあ、ね……。
ちなみに、青春ミステリ好き同志の方には朗報ですが、『このミス2024』(宝島社)によると、米澤穂信先生の古典部シリーズ長編と、青崎有吾先生の裏染天馬シリーズ『映画館の殺人』が今年出るかも、ということらしいです。十年くらい本が出てなかったですけど、まだ続いてたんだ……。




