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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十七.燕の持ちたる子安貝(9) 1

 窓の外には木があった。これはたぶん夢の方だな。また俺は夢の中に落ちてしまったようだ。どんだけ寝るんだ俺! 絶対女子が怒ってるぜ。バスは停車しているようだ。隣を薄目で窺うと、アリスはスマホを見て真剣に何かを考えていた。


「おいアリス。悪だくみしてんじゃねーよ」

「ぐはっ、え、バレた⁉」


 アリスはスマホを落とした。苦笑いで拾って俺に笑いかける。「起きたなら言って」と言う。俺は肩をすくめた。


「もう目的地に到着した感じかな?」

「今、先生がこれからのことをお話しているでしょう? 目的地の旅館に着いたよ」


 生徒たちは荷物を持って順番に降ろされる。俺は予定を全く把握していない状態で外に出た。これから勉強浸けの三日か。夢でまで勉強なんて憂鬱以外の何物でもない。


 外に出ると、まず鬱蒼とした木々を蓄える山々が背景にあることを確認した。平野に住んでいる人間からすれば、いい風情だ。坂道が多いのは、ここらが温泉街で山地にあるおかげだろうか。よく見ると、温泉のものと思われる高い煙突があちこちに見える。へえ、観光地らしくていいじゃん。


 なんでこんな所まで来て勉強しないといけないのだろうね。温泉を巡って、足湯に浸かって、まんじゅう食べて、お土産見て、絶景を見て、神社にお参りして……と色々やれることがありそうなのに。交通費と宿泊費がもったいない。


「でもねシュータくん。観光する時間も少し貰えるみたいよ。今晩は、確か一時間だけ散策できたはず」


 ふーん。なら存分に楽しむしかないな。どうせ夢なんだ。自由に暴れ回ってやる。


「頼むから暴れない方向に舵を切ってね……」


 アリスにたしなめられる。そうですかい。


 荷物を持って部屋に移動するよう言われたので、五組の俺たちは外で待って、五番目に旅館に入った。旅館と言っても和の雰囲気を出しているだけで、十階建ての建物だった。ロビーを抜けてラウンジまで行くと一般のお客さんの邪魔にならないよう端の集合スペースに荷物が塊で置かれている。


 宅急便で先に現地に到着していたパッケージを受け取る。俺の荷物はどれなのかな。名前のタグで捜索して受け取る。旅行鞄を持ち、冨田に付いて行く。どうせ冨田と同じ部屋になるのだ。


「アイ、今夜は大人しくしてくれよ。俺はあいにく岡ちゃんに会いに行くからさ」

「でも教師に女子との密会は禁じられているはずだろ」


 普通、先生は酒を飲みながら廊下で交代の見張りをしているものだ。


「いーやアイ。俺はベランダをつたって移動し、女子部屋に行く。ルパンのように俊敏に岡ちゃんの心を奪いに行くぜ」


 そうやって転落事故を起こす修学旅行生がいるとかいないとか。エレベーターで五階に移動した。横開きのドアを鍵で開けて入室する。本日の宿だ。


 部屋は思ったより広い。畳敷きで布団を六枚は並べられそうだ。奥には向き合った席があり、コーヒーテーブルが間に佇む。開放的な窓からは山、川、山という絶景だ。

 こういう場所で無心になりながら早朝ぼうっとできたら最高だろうな。浴衣で、朝風呂上がり。完璧なシチュエーションじゃないか……。定年退職リタイヤしたいぜ。


「気が早いな。早く荷物を片付けろよ。皆で使うんだぜ」

 冨田は荷物を端に寄せ、整理する。もしかしなくてもこれから勉強なのか。もうちっとくらい移動の疲れを癒させてくれてもいいのに。


「ところで同部屋は誰だ?」


「お前らしくないな。忘れたのか? 俺とお前。それに二組の男子だ」

 げ、知らない理系の人間と寝るのかい。俺は嫌だね! 何だその制度。


「ちげーよ。学年内で好きな人と同部屋になれるんだって。だからお前が仲のいい石島とその友人の……誰だっけ」

「田中か」

「誰だよそれ。思い出した、翁川くんだ。翁川慶」


 佐奈子の彼氏か。俺の夢ということもあり、都合のいい設定だ。他クラスの知人と同じ部屋になれるなんて楽しみじゃないか。どうやらこの夢は確実に続きが見られるらしいから、同部屋になった俺と石島、旅館で同部屋、何にも起きないはずがなく……の展開を楽しみにしてくれよなっ(for 阿部夕子)。


 ではなく、トランプが盛り上がりそうだ。俺が準備もせずに椅子に座って、あれこれ楽しみを想像しているとドアが開けられた。口うるさい教師かと思ったら違った。


「口うるさい深雪か。今日は出番が多いな」


「うるさいのはアイくんでしょ。学級長としてこれからの予定を伝えます。まず三時半までに筆記用具とメモ用紙を持参で一階の宴会場へ集合。そこでリモートで卒業生と繋いで、大学受験と大学生活についての座談会を開催します」


 リモートでやるなら、山奥に生徒を閉じ込める必要は無いのでは?


「終わったら休憩を挟んで、クラスごとに分かれて進路目標と学習計画を立てる。それが終われば、順番で温泉!」


「温泉か、やったぜ深雪!」

「アイくん変態、汚らわしい、触らないで。もっちーみたいになってる」


 ハイタッチしようとしたら嫌われた。冨田は苦笑して俺を引っ張る。


「アイもきちんと旅行中にやるべきことやれよ」

 やるべきことは温泉を満喫し、学友との温泉を楽しむことだ。こんな平凡で普通な日常は夢でしか味わえないんだ。

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