二十七.燕の持ちたる子安貝(5) 6
「シュータさん? 寝ぼけてませんか」
「くはっ!」
お、おお、起きられた。目を覚ました俺は美月に手をかざされている。視線を上げると俺は体育座りで整列させられた状況だ。入場前に号令と点呼と教師どもの話を聞かされていた最中だったみたいだ。寝過ごしたのかぼうっとしていたのかよく思い出せない。でもたぶん先公の話がつまらなくて寝ていたのだろうね。
俺は立ち眩みとともに背伸びをして周囲の把握に努めた。美月がいるということは現実に復帰できたようだな。眠った挙句、変な夢まで見てしまうとは、我ながら情けない。
「シュータさん、昨日は夜更かししたのではないですか? 今朝だって寝坊しました」
美月に叱られてしまった。実は今朝の俺は二度寝をしたせいで、皆で乗る電車を逃しかけたのだ。夜更かしではないのだが、「春眠暁を覚えず」ということもあり――
「もう六月です!」
だそうだ。俺が眠りの誘惑に耐えられないことは春に限ったことではなく、授業中や休日の昼間なんかもよくある。珍しいことじゃない。
本日もそのせいで遅刻し、ノエルに無理を言って朝から送ってもらった。ジャージ姿のノエルからは「しっかりしてくださいよ。今度から瞬間移動の利用料を取りますよ」と警告された。いいじゃないかと思うね。二年生は夏休みに二泊三日の北海道修学旅行があるのだ。それに比べれば、慎ましい日帰り旅行をする先輩のお見送りくらい――いや、早起きさせてスマン。
「入場の時間ですよ。シュータさんも荷物持って、レッツゴーです」
「そうだね。ねえ美月、今日の予定だけど――」
「はい、バッチリです。とりあえず班行動が終了したら一報をください。昼食のレストランに集合でいいですね? 楽しみです」
美月はニコニコニコ肩掛けのポシェットを揺らして俺に懐いてくる。まずは班行動で、昼に美月たちと合流。それから午後は美月、ミヨと一人ずつデートの約束を入れられている。ミヨとのデートは時間が押してフイになっても構わないのだけど、美月とは絶対に過ごしたい。なぜならここは夢の国、お姫様の国。
「俺が迎えに上がるまで、無事に過ごすんだぞ。お姫様」
それまで俺は、残念な現実主義者の深雪たちと過ごさねばならん。エニタイムお姫様の美月とは手を振って別れた。深雪は俺を見て遠い目をしていた。なんだよ。
「まだここ敷地外ですけど。『お姫様』とかイタイタしいでしょ」
「るっせーな。美月は一年中セルフお姫様なんだよ」
俺と深雪、片瀬、その他モブ男子二人のメンバーで入場する。とことん遊び尽くそうか。
「なあ片瀬。まずどこ行く?」
「お土産コーナーでお菓子とグッズ買う」
いやいや、お前。最初にグッズ買ったらかさばるし重たくて大変だ。最後に買うもんだろ。すると深雪と二人で、「ちっちっち。わかってないなー、これだからバカ男子は」という非常に心外な反応を示された。片瀬がご丁寧に教授してくださる。
「朝のうちはお土産屋さんも混んでないの。昼頃、夜のパレード前、閉園前が一番混むから朝のうちに買っておいてロッカーに入れちゃうのがベストよ。混み始めるとゆっくり見られなくて結局欲しい物を買い逃すしね。ロッカーも埋まり出すから。それに、朝のうちに悩んでおくと、やっぱり買っておけば良かったって後悔もしなくて済むし」
うーん、お前らの言いたいことはわかった。じゃあまず買い物するんだな。気分がまだお土産選びではないのだけど、この頭脳派&肉体派で最強な女子二人に逆らえない貧弱な男子は付き従うほかない。




