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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十七.燕の持ちたる子安貝(4) 1

 ふあーあ。かったりーかったりー。眠たい目を擦って伸びをする。あくびで出た涙を拭うと、目の前には座席があった。


 バスの座席? 前の席には白い布が掛けられている。頭部に当てるカバーの布だ。俺の胸の高さには弁当などを置けるトレーが折り畳まれている。こんなバスに見覚えが無いのだが、よく修学旅行なんかで乗るバスの形状に似ているな。


 窓は横開き式になっていて安っぽい柄のカーテンがまとめられている。外の風景は高速道路のように思える。俺は左側の座席に座っているらしく、壁面しか見えないがバスの速度や道路標示から考えて高速だろうな。なぜ俺はバスで高速道路に乗っているのだ?


「シュータくん、起きた?」


 シュータくん、だと? 待てよ……俺をシュータくんと呼ぶ人間はこの世に一人しかいない。ルリだ。紫ツインでロリ体型の妹系美少女変態。でもあいつの声はもっと上ずっていて挑発的なんだよな。それよりはむしろ親しみのある落ち着いた声。ああ、遠い昔、俺をシュータくんと呼ぶ女子が他にもいた。でもそいつはもういないし――。


「起きたけど、えっとお前は――」


 振り向く。あ、あ、あ!


「アリス!」


 倉持有栖がいる! ミヨの親友にしてSF研の元部員。のんびりしていて、まとめ役で精神年齢高めのミヨのブレーキ役。緑と青の髪飾りに俺とほぼ同じ身長なのが特徴だ。俺とは性格上、不思議と気が合ったのだった。そしてアリスも確か超能力者だった。一度触れたものなら何でも手の平で再現し、物質を作り出す。何でもかんでも出せる能力。ただし、


「シュータくん、おはようございませ。どした?」

「い、いや。おはよう」


 ……私服のアリスと隣で話している。これは――夢だな。夢にしてはいつもよりリアルだけど最近はリアルな夢が多いからな。こういうこともあるか。


「アリス、今日はどうしたんだってばよ。俺はここで何してんだっけ」


 ――ただし、俺の記憶では倉持アリスは死んでいる。時間軸の関係でアリスは死ぬことが、時代の〈主軸〉である。つまり避けては通れない出来事。アリスは世界のために死んだのだ。俺はアリスの死をこの目で見届けている。アリスは生き残るために俺たちを壊滅させようとし、俺がその企みを阻んだ。それ以来、俺たちは仏壇に手を合わせるほかでアリスと接触できていない。たぶんこいつは消えた。


「あちゃあ、シュータくん眠ったせいでボケッとしてる。前後不覚。記憶喪失かな?」


「記憶喪失では無いと思うんだが」

「シュータくんに限ってそれは無いか」


 アリスはふむふむと顎に手を当てて原因を考えている。なぜアリスがここにいるかの方が気になるのだが、恐らくこれは悪い夢だ。頬をつねってみるが目は覚めない。


「今日はどういう設定――じゃなくてさ、どういう予定なんだ? バスなんか乗って」


「ええ⁉ それも忘れちゃったわけ? 楽しい楽しい勉強合宿の始まりなのに」

 べ、勉強合宿とは……。


「勉強がイヤで忘れちゃったんだね。お気の毒」

 アリスはよよよと泣く仕草をする。そもそも知らないが。


「今日から二泊三日で、星陽高校三年生は受験勉強合宿をします。温泉街で観光やレクを交えてリラックスしつつ、勉強癖を付けるために旅館で集中してガリガリお勉強です。ほらこの通り」


 は、はあー? アリスのリュックには単語帳や一問一答集が詰められている。お菓子じゃないのか。で、何だって? 勉強合宿か。温泉はウェルカムだけどお勉強はちょっと御免だな。絆パワーで勉強と卒業旅行をいっぺんに頑張っちゃおー的なイベントなのだろう。何だこの夢。俺の無意識は、卒業旅行と勉強で構成されているらしい。俺も受験生の端くれか。


「なに? じゃあ俺はアリスたちと勉強しにバスに乗ってるのか」

「うむ、そうだね」


 夢でまで勉強したくねーよ。アリスは俺の戸惑いを見て楽しんでいるらしい。久し振りに会ったけどやっぱり大人びて綺麗な子だ。


「ところで俺はなんでアリスの隣に座ってるの?」

 アリスは一転、俺をまじまじ見つめて口を閉ざした。口元を旅のしおりで覆う。


「それも覚えてないっすか?」

「覚えてないっすけど」


「……たまたまだよ」

 クジ引きか何かで決まった感じなのかしら。まあアリスと隣なら俺も落ち着けるしいいよ。ガミガミ深雪とか、バイオレンス片瀬とか、やかまし冨田とか、俺苦手の福岡とかじゃなくて良かった。まあどうせならみつ――


「いだっ」

「アイくん、もっちーの隣だからって浮かれてんじゃないの。勉強しなさい勉強」


 頭を叩かれたので防いで振り返ると、深雪が後ろから俺たちを見下ろしている。後ろの席は深雪だったのか。しかも深雪の隣はお菓子を食ってる片瀬だし。息苦しい席だこと。


「なんだ、相田。私に監視されてたら得意の女の子遊びもできないか」

 笑ってないで片瀬は勉強したらどうだ。どうもここは俺のハーレム世界線なのかな。腕時計を見る限り、日付は六月みたいだけど、微妙に現実とは違う。俺が着ているのは、俺の持っていないパーカーだ。


「お、なんか面白いことしてんの?」


 横の席からひょっこり現れたのは冨田だ。奥に福岡もいる。距離感を見るに二人は付き合っていそうだけど……。バスの車内を見渡す。やはり美月はいない。美月がいない代わりにアリスがいる世界か。俺はどっかり椅子に座り直した。うん、夢だこれ。なら、言いたいこと言った方が勝ちだよな。


「アリス、よく聞いてくれ。俺は今まで迷惑をかけてしまったことを詫びたい。後味悪い別れ方をするのも本当は嫌だったんだ。俺はアリスと一緒だと安心するし楽しい。だから許してくれとは言わないが、アリスのこと尊敬していたことは伝えるよ。ありがとう」


 それを聞いたアリスは目を潤ませる。俺は手を握ってアリスにきちんと伝えた。結局良くない別れ方をしたからさ。後悔していたんだ。


「シュータくん、だ、大胆!」

「そんなことないぞ。俺はお前のこと真剣に――」


「キャー、それ以上言ったら勉強どころじゃなくなる~。タイヘン!」


 バシン、とビンタされた。ビンタって。どうしてこんな目に――。

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