三.白山にあへば光の失する(11) らいと
「ところで、石島さんはどうしてここに?」
「映画を観に来たんだ。今は友人がトイレに行ってるから待たされてて、ただ待ってるのも暇だから周囲の店を覗いている。そうしたら綺麗な服を着た美月さんが見えてね。声を掛けたんだ」
美月は自分の服を見ている。石島め。さらっとファッションまで褒めやがって。
「これはみよりんさんのお下がりなんですよ」
「へえ。よく似合ってるね」
誰だってそう思っとるわい。が、美月はストレートな褒め言葉に赤くなって照れていた。なーんか気に入らねえ。石島は美月の手元のアリクイを見て、
「それ可愛いね。クレーンゲームで獲ったの?」と訊く。
「ええ。シュータさんが三回で獲ってくださいました。可愛いでしょう?」
「とても。美月さんはお人形が好きなんだ」
「え。どうしてです?」
「さっきそれで遊んでたじゃん。彼に向かって――」
「み、み、見てたのですか! 忘れて、見なかったことにしてください!」
美月が大慌てで手をブンブン振る。石島はその様子をおかしそうに見て苦笑。
「わかった、忘れるって。なるべく早くにね」
「い・ま・す・ぐです! そんな、だって、シュータさんと……」
美月は今や耳まで真っ赤になって否定する。どうして弁明に必死になるのだろうか。まさか美月は無類のイケメン好きで石島に好意を持っているなんてオチじゃないだろうな。
そりゃ俺よりも石島の方がカッコいいのはわかる。そもそも俺が美月に釣り合う人間ではないとも……わかるのに何だろうか。諦めじゃなくて悔しいと感じる自分がいる。俺に悔しがる資格なんか無いのはわかっているのだが……。
「今すっかり忘れた。誰にも言わないよ。そろそろ戻るから。また学校で」
俺がボケっとしていると、いつの間にか石島は友達の元へ帰ると言い出した。美月も俺も軽く別れの言葉を述べた。
そのたったゼロコンマ何秒後。俺は反射神経をフル活用して石島の右手首を押さえた。
「お前、どういう了見だ」
石島は美月の手を掴もうとする直前であった。なぜ俺が悟ったのかわからない。でも瞬時にこいつが美月に暴力めいたことをすると予感したのだ。それは、生まれてこの方――もとい、片瀬以外から感じたことの無い――殺気というものを感じ取ったからだった。
俺が睨みつけると、石島は先ほどとは打って変わって濁った眼をしている。言葉を発することなく、拘束する俺の手をじっと見ていた。気味が悪い。生きている人間の反応じゃない。まるで霊に憑り付かれたか、ゾンビになったようであった。
「え、一体何ですか? シュータさん」
美月は声を震わせて状況を問う。美月も石島の異変に気付いたらしかった。
「逃げろ。遠くに」
美月が二歩後ずさってから一気に駆け出す。そのとき、俺は腹に蹴りを入れられていることは理解した。でも数秒間記憶が飛んでいて、気が付いたら四、五メートル後ろに倒れていた。このショッピングモールの通路の真ん中は一階から三階まで吹き抜けになっているんだが、その透明な柵を背に倒れ込んでいたのだ。
漫画みたいな話だけど、石島に蹴られてぶっ飛んだのだろう。立ち上がれないくらいの激痛が腹に走った。周囲はかなりのパニックになっていた。気が付けば美月も遠くでぐったり倒れ、石島が取り押さえに来た男どもを全員吹き飛ばしていた。
ありゃ常人じゃねえな。身のこなしが人間のそれではない。映画やアニメのような俊敏さだ。さらにあそこまで躊躇なく人を殴ったり蹴ったりできるのは、普通の感覚じゃない。
俺は消えゆく意識の中、ミヨが駆け付けて来て俺を揺すっているのを感じた。




